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12年……重ねた時間の目指す先 6
ソファに並んで座ってコーヒーを飲む。なんとなくつけたテレビはケーブルテレビのニュースチャンネルに合わせた。国内・国外の事件を読み上げるアナウンサーの声が頭の中を素通りする。テーブルをオットマン代わりにして足をのせているから、二人とも行儀が悪い。
「腹減ったな」
「ああ。だが冷蔵庫は空っぽだ。ビール飲むか?」
「コーヒーの後にビールかよ。ビールは余計に腹が減る」
「だな」
こんな時に甲斐甲斐しく料理をつくってくれる相手がいたら最高だろうな。男が結婚を望むのはそういうことなのかもしれない。
俺は料理ができないし、ギイも同じだ。この部屋に住むと決めた時、少しくらいは料理をしようと考えていた。10帖のリビングに8帖の寝室、3帖のキッチンがついている。風呂とトイレは別。4階建ての4階、外壁はタイル貼り。すすきのまで一駅の立地は文句なし。難を言えばエレベーターが付いていない。外階段で4階まで上がる必要があり、冬は結構大変だ。でもこの難のおかげで込み込み6万円の家賃が設定されている。
結局使われない台所は綺麗なままで、コーヒーを淹れトーストを焼くくらいだ。冷蔵庫を開けるためにキッチンに行く。そんなスペースになってしまった。
「蕎麦でも食べにいくか?」
「蕎麦か。俺行きたい店があるんだわ」
「へえ?どこの蕎麦屋?」
「いや、蕎麦じゃなくて、キイの勤め先ってかバイト先になるのかな」
「キイちゃん?逢ったの?」
「ああ、先週な。仕事中に店の前を歩いていたら店内で働いている姿を偶然みかけてさ。仕事あがりに飲みに誘って少し話をしたよ」
弱りはじめたギイが潰れるという失態をおかす原因はキイちゃんというわけか。頭のイイ子でしっかり者。でもどこか斜めに物をみているところがあって実際の年齢より考え方が大人だった。かわいい顔を見て舐めてかかるとしっぺ返しをくらうことになる。
ギイも冗談めかして何度か口説いていたがキイちゃんがなびくことはなかった。本気で口説いていたら別だったかもしれないのに。
ふっ、俺は相当頭が悪いな、ギイを応援して他の男に盗られる道を示す?有り得ない思考回路だ。
「何か言ってた?」
「夜は出歩かないでDVDを見て読書をするんだと。青春を謳歌していて大事な出会いがあったから、もう遊びはいいって。いい顔してたよ。脇に王子様を4人もかかえてな。キラキラしてた」
「王子様?」
「質のいい男が4人。俺とは真逆のな」
「どうりで店にこないはずだ。その店で昼飯を食べることにしよう」
「まだ早いだろ」
「せっかくの天気だ。中島公園を横断して歩いていけばちょうどいい」
「おいおい……大通りまで歩くってか?」
「そうだよ、ギイも俺も運動不足だから。地下鉄2駅の距離を歩くぐらいが丁度いい。
さあ、行こう。俺もキイちゃんに久しぶりに逢いたい」
逢いたいのは本当だ。キラキラしたキイちゃんの顔を見れば、色々と燻る自分の気持ちが軽くなる気がする。最近はギイのどんよりとした雰囲気が伝染したのか、どうしようもないことをよく考える。
店は何歳まで続けられるだろうか?老後を迎える頃、俺は誰かとのんびりした時間を過ごすことができるのだろうか?俺はいつまでギイの男遍歴を横目に自虐モードに浸り続けるのだろうか?だろうか?だろうか?だろうか?
たくさんの疑問はその裏にある不安を焙りだす。
若い、若くない、それは年齢を指すこともあるだろう。若い頃はそれしかないと思っていた。でも答えが一つではない現実を知ってしまった。肉体的な年齢と精神的な年齢。表向きの「歳」とは違う経験値と感情。若くない、そう感じるのは肉体よりも心の老いがチラホラし始める、そんな時じゃないだろうか。
ギイの漠然とした不安と臆病な自分を自覚するように、俺は心の底に隠している気持ちのやり場に困るようになった。あの男と別れてから、俺は誰とも寝ていない。その気にならないのだから仕方がないし、吐き出す為だけに、駆け引きを繰り返すのは面倒だ。
触れたい男は他を見ているし、俺から触れることは無いだろう。その現実が俺を疲れさせて、心が老いる。
キラキラした「若者」は俺に何かをおしえてくれるかもしれない。キイちゃんの笑顔を思い出して、俺の顔にも笑顔が浮かんだ。
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