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12年……重ねた時間の目指す先 7
「いらっしゃいませ。うわっ!マスターじゃないですか!」
オープンと同時くらいの到着になったから、本日の客第一号が俺達だった。久しぶりにあったキイちゃんは雰囲気が変わり、年相応の、いやそれよりも若く見える明るい青年の姿になっていた。
「久しぶりだね、元気そうで安心したよ」
「マスターは少し痩せちゃったかな。ちゃんとご飯食べていますか?」
相変わらず丁寧な言葉使いだ。タメ口なんて絶対なかったし、目上の人間に馴れ馴れしい言葉を使ったことが無い。ちゃんと育てられたんだなと思える好感が持てる長所。
「悪いな、腹減ってさ。ここのこと思い出して」
「ギイさん、先日はご馳走様でした。先に帰っちゃって申し訳なかったです」
「いや、押しかけたのは俺だし」
そこにすっと店の奥から一人の男が来た。出来る男風(実際に出来る男だろう)清潔感、キッパリしているだろう鋭さ、でも柔らかい。ギイの言っていた王子様の一人だろう。
「いらっしゃいませ」
最初は俺の後ろにいるギイに軽く会釈をした。笑っているが目が笑っていない。ギイは余計な口を聞いて王子様を怒らせたのだろうか。
ひたと見つめられてグっとつまる。
「いらっしゃいませ。テーブルにご案内します」
そう言った顔は本当の笑顔だった。どうやら俺は合格点を貰えたらしい。
案内されたテーブルは柱の陰になっていて落ち着くが、厨房や店内を見渡すには少しばかり適していない場所だった。お客様としては歓迎するけど、余計なことはナシですよって事だね。
思った通りだ。俺より若いくせに、やることに無駄がなさすぎる。でもこれはキイちゃんが大事にされていることの証明だから、不快感はなかった。
レモン水とメニューをもって現れたキイちゃんは、最初のビックリはもう鎮まったとみえて、穏やかにニコニコしている。
「ギイ、何か飲むか?パスタがうまそうだな。俺ワイン飲む」
「じゃあ、俺も」
「適当に赤を一本もらえるかな。その間にオーダー決めるよ」
キイちゃんはちょっと首をかしげて不思議そうに俺達を見ている。
「ギイさんとマスターってお休みに一緒にいるくらいの仲良しさんだったのですか?しりませんでした」
長い付き合いなんだよ、本当はね。そう言おうとしたら向かいのギイの足が俺のつま先をつつく。言うなってことかよ。
「昨日ギイが店で潰れてね。放置できないから担いで帰った。それでこの有様さ」
「ほんとに?」
「ほんとに本当のお話だよ、びっくりだろ?」
「ギイさん。あんまり変な飲み方しないでくださいね」
キイちゃんはそう言ってボトルをとりにテーブルを離れて行った。
「だとさ。変な飲み方って、一番当たっているよ。半年前くらいからお前は変だ」
「……わかってるよ。それで何を喰う?どれも旨そうだ。目が賤しくなっているからヤバイな」
とりあえず4皿の料理を選んだ。豆とかぼちゃと北あかりのサラダ。パスタはシンプルにポモドーロ。チーズとプロシュートの盛合せとフォカッチャ。足りなかったら追加すればいい。
日曜日のせいか、店内はみるみる客が増えていく。大方が女性で、男性は連れてこられた彼氏といったところだ。男同士は俺達だけだったが、居心地の悪さはない。ここは店なのに家みたいな所だ。
活気があるのに穏やか。客は皆リラックスして食事を楽しみ笑顔で会話を弾ませている。テーブルの間をキイちゃんを含めた3人が動き回り、湯気のたつ料理を運ぶ。
キイちゃんは人気があるらしく、テーブルで呼び止められ何か言われることも多い。つねにニッコリの笑顔、斜に構えた以前のキイちゃんは消えていた。
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