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つづき
「正木、もう頭がパンパン!切り替えついでにごはん食べてくる。次のアポは何時だっけ?」
「14:00です。もう13:00回ってますけど、ちゃんと帰ってきてくださいね」
「正木がデキル男だったら、私はランチして昼寝もできるのに。帰ってこなくていい?」
「シャレにならない冗談は受けつけません。くだらない事言ってたら喰いっぱぐれますよ?」
最近、こいつは生意気だ。前より使えるようになったのはいいけど、それに比例して結構な口をきくようになっている。フニャフニャしているよりマシだけどね。
どんどん頭を叩く、それでも伸びてくる正木を相手にしていると自分まで意欲がわいてくるから、そういう意味でも使えるのよね、正木。
正木の言うとおり、ランチタイムにギリギリだわ。そうだ電話で注文しておけばいい。スマホ片手に急ぎ足でオフィスを後にした。
「ふう~」
「すずさん、あと1分!ナイスタイミング」
ああ、実巳君。君は私の癒しだわ。
ランチの時間も後半戦。大方の人間はもう午後の仕事にとりかかっている時間だから、店内はすいていた。カウンターには私の他に一人。12:00すぎにここに来たら、この場所に座ることはできない。
「お待ちどうさま。エゾシカのラグーです」
「うう~~ん。いい香り」
なんとなくカウンターのお一人様を見ると、彼女もラグーを食べていた。浮かべる笑顔がこのパスタの味の確かさを物語っている。でしょ?おいしいのよ、これ。
ゆっくりもしていられない、よく味わいつつもテキパキ食べなくちゃ。いつもどおりの美味しさに胃袋がキュウっとする。この皿を前にすると、ついつい集中してしまうのよね。すっかりこのパスタの虜。
ひたすらモグモグして完食するのと、もう一人のお客さんが食べ終わるのが同時だった。女の早食いがちょっと恥ずかしい。
「実巳君、デザートはナシでコーヒーだけにしておこうかな」
「ほい」
空いたお皿が下げられてコーヒーが置かれる。ああ~本気でこのまま帰りたい!
「おいしかったです」
お隣さんのお皿をさげるトア君に言った言葉のイントネーションは関西のものだった。カウンターに隣合わせた勝手な親近感で聞いてしまう。
「ご旅行ですか?」
「え?」
「ああ、ごめんなさいね。関西の方かなって思って。偶然にこのお店を選んだとしたら大正解です。エゾシカのラグーは最高だからメニューのチョイスもバッチリです」
「おいしかったです、ほんとに。私今月誕生日なんですよね。主人が出張で札幌に行くことになったので便乗してついてきちゃって。子供は親にまかせて、久しぶりにお一人様を満喫です」
「それはおめでとうございます」
「照れますね。誕生日を祝うような歳でもないのに」
「なにを言いますか、私よりずっと若いですよ。それに誕生日は自分がこの世に生まれてきたことを感謝する日だと思っています。いくつになっても大事な日ですよ」
「ですね」
LCCを利用すれば高速バスみたいな金額で関空に飛べる時代だ。出張先で仕事をしている旦那さんがいない昼間を一人で過ごす。奥さんやお母さんを毎日続けるのは大変だろう。章吾一人でさえ時に面倒になる私には無理だ。
奥さんでもお母さんでもない「自分」だけの時間、楽しんでくれるといいな。
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