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つづき
缶ビールを急いで空にしてワインに取り掛かる。こういう料理を食べるならワインがいい。
そして思った以上にパニーニが旨かった。
「これ、旨いな」
「この1/100くらいのものが作れないかな」
「馬鹿だろ、お前。1/100ったら影も形もないよ、おまけに味がしないじゃないか」
儀は俺の顔を見て笑った。やっぱりコイツの笑顔は俺の心を引き攣らせる。こういう瞬間に思う、やっぱり友達継続案は無理かなと。
「でもヒロの作った焼きそば旨いぞ」
「嘘つけ。麺が完全にほぐれない時もあるし、ベチャっとなることも多い。何回やったらちゃんとできるかわかんない」
「たぶん俺の為に作ってくれるから旨いと思えるんだ。俺はそれに気が付いた」
「は?お前のためって、俺だって食べるし」
「それでもだ。誰かが俺のことを想いながら作ってくれるって、俺は経験がなかった。
豪勢なディナーなんていうのは格好つけてやったことはあるけど、誰かと朝飯を食べるとか、こうやって休みの日に同じものを食べるなんてした事がなかったんだよ」
「そう、まじまじと言われると……で?何が言いたいんだよ」
「あの日、ヒロが俺に言ってくれたこと、ちゃんと考えた。自分にとってのヒロの存在とか、今までの自分とか、この先の自分とか。
で、辿りついたのは「今までの自分」にも「この先の自分」にも必ずついて回るのがヒロだった」
「え……」
「面白いことがあったらヒロに教えてやろうか、旨い店をみつけたらヒロと行くのもいいかもな。俺はそんな風にずっと考えていたってことに気付いていなかった。
そしてヘタクソかもしれないけど、作ってくれた焼きそばを食べた時、なんだかホっとして、うっかりすると涙がでそうになった。
ヒロは俺の知らない男に焼きそばを作ったりするのかな、そんな疑問が沸いたとき、ちょっとビビったよ。ビックリするくらいそれが嫌だった」
「……儀?」
「ちゃんと言うには勇気が必要で、それがこの料理だ。美味しいものを笑顔で食べるヒロの顔を見ながらだったら、ちゃんと言えると思った。あの日ヒロが言ってくれたように。
だから嫌われているのを承知で、あの店に乗り込んだんだぞ。俺の本気度がわかるだろ?」
照れくさそうに笑っているけど、それは嘘でもなく本当の気持ちをのせた瞳の強さだった。だてに長年付き合ってない、儀の嘘も本気も目を見ればわかる。
「俺……でいいの?」
「ヒロがいい」
「もう男遊び出来ないよ?」
「ヒロも同じだ、遊びはやめてくれ」
「料理が上手くなる予定はない」
「ああ、俺もな。でも二人で研究すれば焼きそばはクリア目前だと思う」
「マジかよ……」
「まじだ」
俺は信じられないような、嬉しいようなフワフワした感じに包まれながらソファに座っていた。儀がテーブルの向こうから俺の前にきて床に座る。ソファにだらしなく置かれていた両手がしっかり握られて俺の膝の上に置かれた。
「色々困らせたり我儘を言う自信があるし、際限なく甘えたり嫉妬したりしそう。でもそうやってお互いワイワイ過ごせば今まったく見えない将来ってやつも乗り越えられる、ヒロとなら出来ると思うんだ」
「……うん」
下から見上げてくる儀の瞳はキラキラ光っていた。堪えきれずポトリと零れた涙が重なった手の甲に落ちる。儀はそこに唇をおとしたあと、しっかり俺をみつめて言った。
「お互いがお互いの彼氏になりませんか?」
どっと溢れた涙。俺はソファから転がるように床に降りて儀をしっかり抱きしめた。力強く回された腕が二人の間の距離を縮める。
「お互い、彼氏になろう。ありがとう儀」
俺は12年の想いを成就させることができた。そして俺と儀の背中を押したのが、あの店の料理であることは偶然じゃない。「SABURO」あそこは特別だ。
そうだな……儀。俺たちの世界はつながっている。そろそろ怖がらずに「将来」っていう未来を見てみようか。
お前がいれば、俺はなんでもできそうな気がするぐらい浮かれているけど幸せだよ。
ありがとう……儀。
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