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つづき
「そういえばサンタさん、今年から来なくなったって」
「そうなんだ。信じている翔に実は親でしたって言うのがしのびなくてね。プレゼントを渡す役目をサンタから仰せつかったことにしてしまった。ちょっと苦しかったけれど、プレゼントは両親から貰う、そしてサンタさんは小さい子の家に行くってことにね。
やっぱり屋根に足跡があったせいだろうな、翔がサンタを信じているのは」
「え?兄さんもしたんですか?」
兄は笑いながら頷いた。兄と僕がずっとサンタを信じていたのには理由があります。たぶん僕が4歳くらいの頃。サンタを一目見てやろうと寝ないで頑張ったつもりが、やっぱり寝てしまって、朝目覚めると枕元にプレゼント。嬉しくなって包装紙をビリビリしていると兄が窓の外を見ながら僕を呼んだ。
兄が指差しているから、何事かと横に立って外を眺めました。玄関のひさしの役割で2階の窓の下には屋根がついていた。その屋根に足跡があったのです。足跡は屋根の端から窓に向かって点々とありました。でも降りていく足跡はない。
「お兄ちゃん!これサンタさんの足跡?すごいすごい!ソリを屋根のところに待たせてたんだね!だって降りていく足跡はないよ!!」
僕は大喜びで両親のところに飛んで行き、さっきの翔と同じくグイグイ手をひっぱって足跡を披露した。
「サンタさん、ちゃんと来てくれたのね」
「よかったな」
そんな両親に頷きながら、日が照り雪が溶けてしまうまで僕はずっと足跡を見ていました。
兄は小学5年生、信じるには微妙な年頃だったかもしれないけれど、この物的証拠は子供心に大きく響いた。
中学生の時「実は……」の後に続いた母の言葉。「あの足跡ね、父さんがつけたのよ」僕はびっくりしてしまい、何を言っていいのかわからなくなりました。
子供たちが深い眠りにつくまでじっと待ったあと、両親は積もった雪に足跡をつける作業をはじめたそうです。長靴を履いた父が屋根に降りて窓のところから一歩一歩バックしながら端まで足跡をつけて、その足跡を辿って、また窓に戻る。
12月の寒い夜中に、子供のためにそんなことをしていた両親の姿を思い浮かべると、サンタさんは嘘だったという考えは全然浮かばなかった。
両親にとても大事にされているという事が理解できて、ものすごく嬉しかったのです。サンタさんはいないかもしれないけれど、自分には両親がいる。サンタを信じている子供のところにだけサンタさんが存在すればいい。
思春期という微妙な時期を迎える前に教えてもらったエピソードは僕の心に沁みました。何があっても味方でいてくれるだろうという確信は反抗期を素通りさせるほど強いものだったのです。その代り兄に矛先がいったのは大変申し訳ないことでした。
「二世帯住宅に建て替えると、あの屋根はなくなってしまうことがわかってね。建て替えの時期を遅らせて俺も屋根に足跡をつけたんだ」
「そうだったんですか」
「あの時の稔明と同じくらいの歳だったから、翔は大喜びだった。部屋中跳ねまわっていたよ」
「そうでしょうね」
そうやって血がつながり、親から子へ気持ちが受け継がれていく。それはとても素敵なことで、クリスマスは終わってしまったけれど、プレゼントを貰ったような気持ちになった。
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