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<8月> ヤサ男、怒る

「盆は帰るのか?」 「三日しかないから家でゴロゴロしていたいけどね」  もう少し甘くしようかな。半分だけいれたガムシロを全部投入することにした。北とはいえ夏は夏。ビアガーデンだって開催されている短い夏本番な季節。スーツ姿での移動はやはり暑い。予定より早く終わった打ち合わせのおかげで俺は大好物のアイスラテにありついていた。 「彼女とまったり過ごすってことか?」 「会社と彼女は夏季休暇で……いいかなと」 「うわ、付き合いたてなのに放置かよ」  放置と言われても……。俺はもともと恋愛度が低いから別に会えなくても気にならない。オハヨウ、オヤスミに始まって一日に何度も押し寄せてくるメールを捌くにも一苦労だ。何をしているのか気になればこっちから聞く。聞かれないということは気になっていないのだ、おわかりか?そう言ってやりたいが……さすがにNGワードすぎる。  ふう……だから俺みたいな男はやめておいたほうがいいよって最初に言ったのに。メールの返事がこないとぶーたれた相手のことを「カワイイな~」なんて思えない男なんだよ、俺は。 「ばあちゃんの初盆だからさ、手ぐらい合わせにいかないと。一泊してすぐ帰ってくるつもり。飯塚は?」 「家にいるさ。ゴロゴロと」  うわ、憎たらしい。羨ましいですね、ゴロゴロできて。 「武本の実家ってどんくらいかかるんだ?」 「バスなら2時間ちょいってところかな。でも盆だと道が混んでるからもう少しかかるかもしれない」  実家に帰ったところですることはない。盆といっても商売人の家族に休みはないから俺以外は忙しく働いている。実家はもともと酒屋だったがこのご時世、右に倣えでコンビニになった。姉は婿を貰って両親を手伝っている。  婿は美容師だ。1対1の完全予約制の店は田舎にあっては珍しい存在で、けっこう賑わっているという話だった。帰ったついでに散髪でもしてもらおうかなあ。飯塚も髪のびてんな。 『一緒にいくか?俺の実家に』  喉まででかかったその言葉を飲み込む。なんだかそれは言ってはいけないような気がしたから。何故と聞かれてもよくわからない。まだ早い……そんな気がした。 <数日後> 「私も一緒に行ってもいいでしょ?」  相手の言葉に絶句する俺。「行きたいわあ~」ではなく「行ってもいいでしょ?」ってどういうこと? 「なんで里崎さんが俺の実家にくるんだよ」  疑問よりなにより、俺はふつふつと沸いてくる怒りと苛立ちのせいで能面のようになっていたと思う。少し怯んだ彼女の顔を睨みつけながら、こいつは何様なのだと思い始めていた。  付き合ってくれと言われ続け、断りきれなかった俺も悪い。まだに手さぐりな俺の気持ちを放っておいてどんどん先に進む彼女をまったく理解できなかった。 「だって間近でサラブレッドや綺麗な牧場を見たいじゃない」  俺の生まれた町はサラブレッドの生産地だ。馬は沢山いるし当たり前のように毎日馬を目にして育った。学校に行く道すがら草をやったり撫ぜたりは当たり前にしていたし、ぽーぽーぽーと呼べばこっちに寄ってくる馬はとてもかわいい。だから馬肉なんか絶対食べられない。(いやこんな脇道に逸れている場合じゃない) 「俺はばあちゃんの初盆に手を合わせに帰るんであって、遊びにいくのとは違うよ」 「恋人の生まれ育った街をみたいって、そんな怒られるようなこと?」  俺はぐっと詰まる。確かに怒るようなことではないかもしれないが、どうしても不快感以外の感情が沸いてこないのだ、残念ながら。 「どういう意味で言ってるのかわからないけれど、里崎さんを家族に紹介するのは早いよ。馬を見たいなら友達と行ってくれないか。どうせなら桜の季節がいいよ、今の時期よりね」  里崎さんはハラハラと泣き出した。泣かれてもどうしようもないし面倒でしかない。俺の考えが酷いことくらいわかる。でも俺の気持ちや都合はいいのか?  3ケ月ももたないみたいだよ、飯塚。  降ってわいたように飯塚の人懐っこい笑顔が俺の脳裏に映る。俺はなんだか可笑しくなった。気持ちは別にしておいて一応付き合っている彼女が一緒に行きたいと言ったことにこんなに苛立っている。それなのに俺は飯塚に「一緒にくるか?」そう言いそうになったのだから。 「ハハハ……」  俺の乾いた笑いが二人の間に零れる。さっきまで泣いていた里崎さんは今や俺を睨みつけていた。俺が悪いのかもしれないが謝る気はない。 「休み明けたら連絡する」  俺はそう言い残して背を向けた。恋愛度が低い高いではなく、とんでもない人でなしだな俺は。優しそうとか勝手に思われても俺は優しくなんかない。  ここまでイライラする自分や、突然出現した飯塚の顔……考えるべきことがあるけれど全部投げ出した。  よし兄に散髪してもらって気分転換だな。たいして解決にならないことを思い浮かべながら駅に向かう。  男前の笑顔とうまいメシがとんでもなく贅沢で素敵なものに思えた。

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