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<9月> 男前とヤサ男
『あと30分ってとこだ』
金曜日の夜、残業もなくすんなり帰りついた玄関。スマホの向こうから、相変わらずののんびりした声が聞こえてくる。会社にいるときと違う飯塚のテンポに気が緩んだ。
3ケ月ぶりに飯塚が俺の家に来る。またこうしてお互いの家を行き来する終末が戻ってくるのが嬉しかった。切れたスマホをかばんにつっこみ靴を脱ぐ。昨日ビールを冷やしておいてよかった。
そして宣言どおり約30分後に飯塚が到着。
「お疲れ」
スーパーの大袋を片手に飯塚は部屋にあがりこんできた。飯塚から連絡がきたら鍵はそのまま開けておく(こいつがご丁寧に入室時に施錠してくれる)
スーパーの袋からビールを俺に差し出した後、飯塚は当たり前のように台所に入っていった。
「相変わらず綺麗な台所だな。そう言おうとしただろ、今」
プシュっと小気味いい音は幸せの第一歩だ。貰ったビールをありがたく乾杯もしないままゴクゴク飲み始めると、飯塚が顔を出した。
「お前、ちゃんと食ってたのか?違ったな、食わしてもらったか?」
ニヤニヤ笑いながら言う顔を憎たらしいと心底思う。無駄に男前の悪意のある笑顔は破壊力があるよ、嫌になる。
「一回だけ。俺の顔みて悟ったんじゃないのかな。それきり外食専門になった」
「何、食わしてもらった?」
いつの間にやら、飯塚もビールをあけていたらしく俺の持っている缶にカシャンと合わせてゴクゴクしだした(ついでに俺の前にどっかり座り込んでいる。尋問タイムの開始)
「色のついた弁当に入れるプラスチックの串?あれに色々刺さってる料理」
ぶっ!とむせた後、飯塚はさらに突っ込んできた。
「それだけじゃ腹いっぱいにならないぞ」
「あと……じゃが芋のはいったオムレツ?玉子焼き?なんかパサパサした卵料理」
「あとは?」
「……パン」
ぶわっはっはっは。と盛大に笑いながらの、してやったり顔。
「思った通りだな、俺のアドバイスどおりやって、見事やらかしたわけだ」
なんだ?そのアドバイスっていうのは。
「『武本さんの好きなものって何ですかあ?おしえてくださ~~い』って超ブリブリで聞かれた」
「里崎さんに?」
「そ、里崎さんに」
はあ~~~。そういうことですか、そうですか。確かに俺は好きっていった、間違いなく言った。何故なら旨かったから、初めて食べたけど旨かった。ついでに言うと何を隠そう作ったは飯塚。里崎さんが披露したものとは雲泥の差だった。
「俺が教えたピンチョスってのは、それなりに食材の数がいる。料理の基本は卵だってのは世界共通、でも意外と難易度が高い。あれ?アヒージョは?俺それも献立にいれておいたんだけど」
「そこまで辿り着かなかった。いや違うな、台所の惨状に耐えられなくなって止めさせた。腹がすいてるから、まず食べよう。足りなかったら作ることにしようね?とかなんとか言った気がする」
「ぶわっはっはっは!!」
「笑いごとじゃねえーよ!」
「うまくいかないとは思っていたけど、3ケ月目前で終わりになったのは何故?」
したり顔の飯塚はようやく本題を切り出した。最初に聞けよバカ。
「まずしょっぱなは盆の帰省に関するゴタゴタ」
「それは聞いた、お前も悪いが里崎さんも急ぎすぎだったな、あれは」
「さらに畳み込まれたんだよ」
「なにを?武本の知らない間に両親に会いに行ったとか?」
「いや……さすがにそれは言い過ぎだろう。俺の雑誌コーナー知ってるだろ?」
飯塚は首を回してベッドの脇にあるカゴに視線を投げた。そこにある蓋つきのカゴは俺の雑誌置き場だ。
「エロ本でもだしっぱだったのか?」
「中学生じゃあるまいし!」
「じゃあ、なんで雑誌が別れる決め手になるんだよ。だってお前読んでるの「pen」や「cut」系のオシャレさんきどりのばっりだろう」
ざっくり嫌味を言われたような……気がする。
「オシャレ雑誌の間に挟まれていたんだよ」
「なにが?」
「……ゼクシイ」
「ぶわっはっはっは!!!」
「ああ、笑いたければ笑え!俺だって発見したとき慄いたよ、まじで。
こんなベタな展開がわが身に起こるなんて考えたこともなかった!このまま付き合っていいのか?この子のこと好きになれるのか?そういうお試し期間中だろ、そこでゼクシイって。こええよ!」
「お前、若手で優良物件だから、仕方がない」
「なんだよ……それ」
「武本、飲み会で言ったらしいな。家は姉が婿もらって継いでいるから、名ばかりの長男なんですよって」
「言ったけど、それかっちょ悪い話だろ?」
「大間違いだ、わかってないな、武本君。長男だけど、長男の嫁として実家に同居しなくていいわけだ。家業だって継ぐ必要がないし、だから優良物件」
「えええ~そうかな。それに営業部期待の星のお前ならともかく、俺みたいな平凡な人間が優良なわけないだろうが。ふざけんな」
飯塚はため息をつきながら後ろ手で体を支えながらじっとこっちを見る。なんだよ、無駄に男前。
「俺の成績はコンビ組んでる武本のスーパー補佐あっての数字だよ。お前がツボを押さえた顧客の囲い込みをやっているから継続数字だってあがっている。俺だけじゃなく社内全員そんなことわかってるって。お前は仕事ができて、穏やかで優しい。しかも長男の皮をかぶったしがらみナッシング君なわけだよ。女が欲しい結婚相手の条件かなり満たしているぞ」
「お前みたいな男前にいわれたくねえーよ!」
「わかってないな、俺みたいな男はな……横に立たせておきたい人形みたいなもんで、みせびらかしには最高だけど結婚したい相手ではない。さてと」
むっくり立ち上がった飯塚は「腹減った」と独り言のように呟いた。
「食べ損ねたアヒージョ作るから、ワインのもうぜ」
そう言って台所に向かいしな、俺の頭をクシャっとした。
そう、たまにこいつはこういうことをする。女に振られた慰めか?あまりに自然に触るから「おい触るなよ、髪が乱れるじゃないか」なんて言ったら逆に恥ずかしくなりそう。その位、当たり前にクシャって……どうよ、これ。給湯室で飯塚ファンの女子社員がこんなことされたら鼻血くらい簡単にだしそうだ。
俺は黙って飯塚の後ろについていく。勝手知ったる人の台所でヤツは海老の背中(海老的には背中だよね)に包丁をいれて黒いのをとってるとこだった。
「オイルたっぷりめにしてよ。俺パン焼く」
不思議そうな顔をした飯塚に聞かれる。
「え?お前、パンなんか備蓄してないだろ普段。朝パン食ってんの?趣旨変え?」
俺は白飯派だ。朝は白飯と決まっている。永谷園の味噌汁と納豆と白飯(休みに5合飯を炊く。それを一回ずつ冷凍しておくことを姉におしえてもらい、学生時代からこの方式で朝ごはん)
不思議そうな顔にニヤリとしながら言ってやる。
「俺が直接言う前にお前の耳に入るのはわかっていたよ。どうせ女子社員が『別れたのって、ほんとなんですかあ~?』なんて聞きにきたんだろう?」
「当たり。お前の情報はいつも勝手に周囲から届く」
「パンが冷凍できることを知って備蓄しておいた。アヒージョまた作ってくれって頼んだの俺だし……3ケ月前だけど」
飯塚はびっくりする笑顔を俺に向けた。なんだこの後光が差しているような光輝く笑顔は!無駄に男前の破壊力。うっかり素直になりそうになる――あっぶねえ。
「お前の嫌いなブロッコリーいれるからな」
「飯塚?」
「なに?」
「ブロッコリーのモシャモシャの所はお前にやるよ。俺は茎のとこ食うからさ。それで勘弁して」
飯塚に足をこずかれながら冷凍庫のパンを取り出す。
「しょうがないヤツだな。でも食うなら許してやるよ」
俺は飯塚の顔を見ないようにしてパンを焼くことに集中することにした。また俺の幸福週末メシが戻ってくる。その安堵でちょっと涙がでそうになった(ないしょだよ)
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