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<9月> 俺と男前、考える

「飯塚は結婚したいって思ったことある?」  俺は里崎さんと別れてから、自問自答していた、ずっと。結婚って……なんだ?  別れてもちっとも悲しんでいない俺がいる。 結婚ちらつかせ作戦に完全にドン引いた俺はゼクシイ目撃をなかったことにした。俺の雑誌置き場の一番下に埋もれさせて、存在自体も抹殺したのだが、里崎さんは俺が何も言わないことにとうとう我慢できなくなった。 『武本さんは自分の将来を考えないの?』  考えることはある……でも「結婚=将来」だろうか。 俺達の会話は平行線をたどり、互いの価値観が交わらないことを二人そろって実感するに至った。互いに好きで必要だと思えるのなら、溝や価値観の違いも歩み寄りにより違うものになるだろう。でも俺は結婚にこだわる彼女の気持ちが全く理解できなかった。  里崎さんは言った。『武本さんは私のこと好きなんですか?』と。俺は即答できなかった。「好きにきまってるだろ」「当たり前だ」こういう言葉を言うべきだろう。でも、俺は目の前の女性を好きになれる自分を全くイメージできなかった。  大事なことだからこそ嘘はつけない。里崎さんにとってこれが決定打となり、お付き合いは終了。遅かれ早かれこういう結末になったはずだ。それがいつもより少し早かっただけ。  ぼおっとリフレインしていた俺に飯塚の声が重なる。 「いつかするものだと子供の時は思ってたかな。 実際お年頃の時期に片足つっこみ始めた今は、しなくていいならしたくないってことかな」  あ、俺が聞いたんだった。そうか……飯塚は結婚したくないのか。 「俺は子供を欲しいと思ったことがない。自分の分身をこの世に生み出すのは正直怖い。北極の氷が溶けそうな時代に生み出していいのか? デジタルの時代になって攻殻みたいな世界が現実になりそうだろ? 純真な子供を立派に守り切れる気がしない。子供が欲しくないなら結婚しなくてもいいということになる。 一緒にいたいなら同居すればいい。でも結婚となると社会的責任が生まれるし、相手の親や親戚と交流も必要だ。お互いの気持ちだけの問題でなくなる。俺には絶対無理だ」   何も考えていなさそうだと思っていたのは大きな勘違いだったようだ。俺よりずっと自分のこと考えているんだな。 「親はなんも言わない?」 「俺の小さい時に離婚しているからな。 彼女できたら紹介しなさい程度は言うけど、ドラマみたいにいきなり見合い写真が送られてきたり、結婚をせっつかれることはないだろうな。お前のとこは?」 「俺が恋愛欠陥人間だってこと、ねえちゃんが知ってるから」 「欠陥人間?」 「俺ってさ、実際の中身より穏やかに見られたり優しい人間だと勘違いされる。単に嫌な人間に思われるのがイヤだから、相手の言う事一回受け止めてそれから物を言う。それが勘違いされる原因なんだろうな。 お前の男前伝説には劣るけれど俺が誰かを好きになる前に、誰かが「好きです」って言ってくれる。嫌いじゃないからつきあうんだけど、好きってことがよくわからない。かわいいと思うし、ぶっちゃけヤルこともできるんだけど。 恋愛で自殺しちゃったり殺したりする人いるだろ?不謹慎かもしれないけど、そこまで誰かを好きになってみたいって思う。 これを姉ちゃんに言ったら恋愛欠陥人間だって言われた」   飯塚はソファから立ち上がると台所に向かいビールを持ってきた。 「飲み過ぎじゃない?今日」 「いいだろ、休みなんだし」  俺達は黙りこくってビールを飲む。俺がこの話を誰かにしたのは初めてではないからこの先の会話は容易に想像できる。『本当に人を好きになったことがないんだね』←これがまもなく言い放たれるはずだ。 「わかるよ、それ」  へ?なんですと? 「自分が誰かを好きになる前に、いつも誰かが好きだ好きだと攻めてくるわけだろ? それに応えようとしているうちに疲れてしまう。それを繰り返していたら、誰かを好きになるなんて一生ないんじゃないかと思えてくる」  ええええ~!初めて聞いたぞ、こんな反応。 (若干自慢が入っている気がしないでもないような、そうじゃないような) 「だからさ……武本」 「ん?」 「次は断ってみろよ。たぶんまた好きになれないうちに終わってゲッソリするだけだから。別にお前だけが悪くなくても、自分が悪者みたいに感じるだろ?」 「でも向こうからしたら、好きでもないのに付き合って煮え切らないってことだから、自分が悪くないとは思えないかな。でもそうだな……今度は断ってみようかな」 「それがいい。俺はそれでかなり気が軽くなった。 断る時に悪いことしたような気持ちになるけど1回で済む」  そういえば、こいつから彼女の話を聞いたことがない。入社して3年が俺達の付き合いだけれど、冗談めかしても真面目に聞いても「彼女がいる」という答えはなかった。 「好きな相手ができたら意地でも落とす。それまで無駄な努力はしないことにした」  うわあ、すげえこと言ってらっしゃいます。 「ふ~~ん。じゃあ、お前の横に誰かがいれば、それがやっきになって落とした女子ってことになる。それは楽しみだな、一番に紹介してくれよ」 「武本もな」 「そうだね」 「ビール飲んだら小腹がすいたな。ソーセージ食べるか?そのあとあんかけ焼きそばを作るつもりだ」 「食べる、食べる。ソーセージはマスタードとケチャップたっぷりがいい!」  ビールのおかわりをとりにいこうと立ち上がった俺の背中に聞こえた飯塚の声。 「お前ぐらい素直でかわいいといいのにな」  うわ~これはいけません。頭クシャと同じで、こそばゆいというか知らない方がいい何かが背中をすべっているような……だからお返しをしてやることにする。 「お前ぐらい料理上手だといいのにな」  そのまま一直線に冷蔵庫を目指す俺。あっぶねえ、あっぶねえ(えっ、何が?あぶないって……なに?)  でも、こういうの悪くないって思うんだ……よね。

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