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<11月> 俺と男前の相性

 金曜の訪問をすませ玄関で靴をはく後ろ姿をボンヤリ見ていた。まもなくいつもの決まり文句が続くはずだ。 「俺が出た後ちゃんと鍵かけろよ」  は~い、わかりましたよ。さて、明日のメニューはなんですか? 「それと、明日行きたいところがあるからつきあってくれ」  飯塚は俺の返事を待たずにそのまま出て行った。いつものように鍵をかけるカチっという音をさせると、ドアの向こうの足音が遠ざかっていく。 一度何もしないでいたら、20秒後ドアが開き「鍵かけろ!」と怒られた。カチってさせないと動かないって……まったく。  飯塚の行きたい所って何処なんだろう?  翌日、特に時間は言われていないのでいつもどおりグズグズしたあと家事を行う。  シャワー後服を着ようとして手が止まった。目的地は何処だろう。時間の指定がないってことは遠くではない。いきなり山に登るぞなんていう突飛なことはなさそうだ。  いつものような見苦しくない程度のラフなものでいいだろうと決めたが気になる。結局、いつもより1ランクアップのややオシャレ感のある服を着ることにした。お出かけだから気を遣うのは当たり前なのだ!  あれやこれやと考えて着替えをすませ鏡で確認なんてしてしまった。デートに出かける女の子じゃあるまいし。  ドアをあけて俺の姿を見た飯塚が薄く笑ったように見えたから(気のせいかもしれないが、そんな気がした!)とっさに言い訳をする俺。 「いや、出掛けるっていったから……いちおう」 「ふ~ん。いいじゃない?似合ってるし。いいな、そのピーコート」   普通にあっさり返された。やっぱり気のせいだったのか!それに似合ってるなんて、店員以外の男に言われたのは初めてだ。うげ、なんだか恥ずかしい。 「んで、どこにいくの?」 「とりあえず本屋」 「はあ?」  本屋ですか?それならいつもの格好でなんの問題もなかったじゃないか。まったくこの男は何がしたいのだ。  目の前の男前は地下鉄の手すりを掴みながら窓の外を見ている(地下鉄なので何も見えていないけど)  マックロな窓が鏡の役割を果たしている。映る姿は客観的にみても十分なレベルで、ベロアっぽい生地のジャケット、首に巻いているマフラーすら男前仕様に見えるゴージャス感。  隣の俺はいたって普通。その他大勢の一員であることを実感……神様は不公平の塊だ。  中心部の駅に到着。ゾロゾロと人の波に乗りながら東に向かって俺達は地下を移動した。『本屋』だけで飯塚がどこの本屋を目指しているかわかってしまう俺はどうかしている。  札駅にだって紀伊国屋があるし、降りた駅ならペコちゃんの所のほうが断然近い。 飯塚は当然のように歩いているし、俺が何も言わないことすら気が付いてないんじゃないか?  そうだった。『駅の紀伊国屋いくから』『欲しい新刊あるか見るだけだから』飯塚はいつもと「違う」ところにいく場合のみ目的地を言う。  目指す本屋に着くと「じゃあな」そうヤツは言ってエスカレーターで上に向かった。 飯塚と違って俺は読書を趣味にしていないので、ツラツラと雑誌を眺めて何冊か購入。そのまま違う階のカフェで買ったばかりの雑誌をパラパラめくりつつ飯塚を待つ。  これも予め決めたことではない。飯塚は俺が本屋で買うといっても雑誌くらいで時間を持て余しここに座っていると思っているだろう。   何も言わずとも予定調和なこの行動ってなんなんだろう。非常に楽で、心地いい。  飯塚が女?いや俺が女だったら相性ばっちりなんじゃないか?ここまで考えて振り払う。どうにもならないことを望んだところでどうしようもない、考えるだけ無駄だ……え?俺は望んで……いるということなのか?大好きなアイスラテが苦く感じた。 「今回の特集はなんだ?」  見るともなく、めくっていた雑誌のことを言っているのだろう。当たり前のように向かいの席に座った飯塚は、今まで俺が考えていたことをぶちまけたらどんな顔をするだろうか。 「神社仏閣特集」 「好きなのか?」 「あ、割とね。三十三間堂が好きかな」 「あそこの膨大な観音様より、その前に立つ仏像がいい」 「俺もそう思う。あんまり後ろの観音さんみたことない。帝釈天が好きでさ。あそこにいったら1時間なんかあっという間」 「今度行ってみるか」  今度いってこようかな俺、ではない。一緒に行くことが前提の「今度行ってみるか」だとわかってしまうから、さっきまで必死に振り払っていた考えが頭をもたげそうになる。俺はどうかしているから繕う必要があった。 「あ、コーヒー頼むか?」  俺の買った雑誌をショップのビニール袋に戻しながら飯塚は言った。 「いやいい、酒がまずくなるからな。いくぞ」  てっきり食材を買い込んで帰るとばかり思っていたのに。今度ばかりは行き先がわからず、落ち着かない気持ちのまま飯塚の横を歩くはめになった。  飯塚が向かったのはススキノの少し手前にあるビルの地下だった。こじんまりとした雰囲気のいい店で向かいあう俺達。飯塚が何をしたいのかさっぱりわからない。 「お前来週の木曜、誕生日だろ」 「あ……」  そうだった。一人暮らしが長くなると自分の誕生日のイベント度がぐっと減る。家族や限られた友人からメールが来る程度。それに祝ってくれる彼女とは別れたばかりだ。  たしか……俺と飯塚の誕生日は10日ぐらいの差だったはず。すっかり忘れていた。 「じゃあ、お前ももうすぐだな」 「思い出したか。勝手に予約したけど、ここは割り勘だ」 「そんな、あたりまえだろ?」 「互いに誕生日を祝って驕りあうのもいいかと思ってさ」  急に何も言えなくなった。こいつと知り合って最初の年は誕生日の話題はでてこなかった。2年目に互いの誕生日が近いことを知ったが、もう過ぎたあとだった。そして今年。 「彼女がいないから祝ってくれる相手もいないだろうし、それは俺も同じ。 それに来週は出張やら何やらで慌ただしい」 「……いつもみたいにお前が何か作ってくれればよかったのに」  フンと飯塚は鼻で笑う。 「じゃあ、俺の誕生祝いがないだろう?武本が皿を洗ってくれて、それがおめでとうだったら割に合わない」  まあ……そうだけど。くっそお、嬉しいじゃねえか、この野郎! 「まったくもう、最初から誕生会だって言いやがれ」  運ばれてきた前菜をみて嬉しそうにニヤリとする飯塚に言ってやる。 「この間俺が具合悪くなった時言っただろ?」 「なんか言ったっけ?」 「シャツを買うっていったら、そういうのは誕生日とかクリスマスとか、そういう時にプレゼントにもらったほうが嬉しいって」  そんなこと言ったか?そんなような気もするけど。 「どうせ一緒に食べるのなら、たまには違うシチュエーションもアリだろ?うまいぞ、このマリネ」  なんで?どうしてこんなに俺は嬉しいのだろう。誕生日のお祝いは今までも沢山あった。その時の恋人と呼べる相手からプレゼント付のイベントとして楽しい時間を過ごしたことだってある。 楽しかったと思いだせるのに、こんなに嬉しいと思えたことはあっただろうか?  まったく予想していなかったサプライズがこんなに効果があるとは(だからサプライズなんだろうけど)世の中の女性がサプライズに憧れる意味が少しわかったような気がする。 「誕生会だって言えばいいのに」  フンと口をゆがめて飯塚は言った。 「そう言ったら、お前は行かないと言うだろう?家で酒飲んでうまいもん食べさせてくれるんだろ?って言うに決まっている」  はい、正解です。 「こないだ体調崩したときはマジ助かったし。色々なものを食べて勉強したいってのもある」 「本屋なんて……まぎらわしい」 「本屋って言ったら、『お前一人でいけよ、俺は家で待ってるから』と言ったはずだ。行きたいところがあるから付き合って欲しいと言えばお前は絶対断らない」 「は?」 「お前は俺が何か頼んで断ったことがない。『~してほしい』といえば、うんわかったって言うだろう?」  ニンマリした男前は旨そうにマリネのタコを頬張った。  さっき、本屋に何の疑問もなくたどり着いた俺。絶対断れない言葉で俺をこの場に導いた飯塚。やっぱり相性抜群じゃねええか!くそっ……だから言ってやる。 「看病のお返しにはまだ足りない!シャツもくれ」  やれやれといった顔で微笑みながらヤツは言う。 「もちろん、楽しみにしとけ。さて食べようぜ」  俺はうるさい鼓動をどうにかしないといけないと思いながらタコにフォークを突き刺す。  そしてまたもやわかってしまうのだ。こいつが選ぶシャツは俺の好みにぴったりだということを。そろそろ俺の抵抗が無意味になる……そんな気がした。

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