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<12月> ヤサ男の指摘
「気のせいかな」
ピラフをモグモグしながら武本は呟いた。独り言かもしれないのでそのままほっておく。
「あのさ」
「ん?」
どうやら違ったらしい。
「お前、腕あげた?」
「え?」
「3ケ月くらい前から思ってたんだけど、お前の料理が前よりも旨くなってる気がする」
不意打ちだった。俺はとっさに何も言えず、用意していた文章は見事に頭から消え去ってしまう。こういうシチュエーションを想定していなかったから、うまく切り返せない。
「な、なんだよ、前は不味かったってことか?」
「いやいや、そんなことは言っていない。レベルが上がったっていうか……どう言ったらいいかな」
武本はスプーンを動かす手を止めず、しっかり口の中で噛み砕きながら飲み込む。
(この男は綺麗な食べ方をする。間違っても口にものが入っているときに喋ったり、音をたてて食べたりしない)
「クックドゥってけっこう旨いなと思っても、やっぱり中華屋で食べたほうが旨いだろ?
燃えている味がするし。それくらい違うっていうか……旨い!が抜群!に格上げしたみたいな。ようするにすこぶる旨いってことなんだけど。わかりにくいか」
「まさか、お前に気が付かれるとはな」
「ばっかじゃねえの?」
「バカとはなんだ、ピラフもう食うな。失礼なやつに食べさせるつもりはない」
「何を言ってるんだか。どれだけ俺が餌付けされているのか飯塚が一番わかっているくせに」
腹が減ったから俺が作って二人で食べたのが最初だ。その平凡な一皿を武本が旨そうに嬉しそうに食べた。その顔をまた見たかった、喜ばせたくなった。
最近は「自覚」らしきものが俺の立っている氷の下にあることを知ってしまった。手を伸ばしてもそれに触れることはできないが、しっかり見えている。その氷はどんどん薄くなっているから、いつ割れてもおかしくない。
「料理教室?そんなの行ってるヒマないよな」
「実は知り合いの店に日曜だけ顔をだしている」
「やっぱりプロは違う?そりゃそうだよね、こんだけ旨くなるんだし」
感心しきりに、しっかりピラフの皿を抱えるようにして武本は食べ続けた。
「最近思うんだ」
言わなくてもいいことなのに、やはり言ってしまう俺。
「ん?」
「食べ物屋の息子に生まれればよかったなって。料理するの好きだし」
「ビールおかわりいるか?」
「あ、ああ、いる」
武本は裸足の足をペタペタ言わせながら冷蔵庫からビールを持ってきた。どんなに寒くてもいつも裸足だな、こいつは。
「別に息子じゃなくてもいいと思うけど」
「え?なにが?」
「さっきの食べ物屋の話。自分でやればいいじゃないか。実現したら月額契約して毎日通うよ。あ~でも俺一人くらい客になっても商売にならないか」
ドギマギしている自分をどうすることもできなかった。
「なんて顔してんだよ」
「自分の顔はみえない!」
俺の精一杯。
「じゃあさ、お前が店やって繁盛して人を雇えるようになったら俺を雇ってよ」
「あ?」
「お前のサブなら自信あるし。ついでに常連客のフォローや企画、そういうの得意っていうか今の仕事とあんまかわんないしな」
「バカバカしい思いつきに乗るなよ」
「バカバカしくない、おおマジだって。楽しそうだよな、それに面白そう」
武本はそう言って俺のビールの缶にカシャンと自分のを当てた。
「旨いものを食べて、楽しい話するって最高だよな、かんぱ~い」
お前は最高だよ……武本。足元の氷がまた少しだけ薄くなった。
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