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<12月> ヤサ男のさみしい夜

「あ……」  一人暮らしをしていると、話し相手がいないので独り言が多くなる。おもわず声がでたのは部長のお供で 飯塚が出張していることを思い出したから。 俺は後方部隊だから居残り、恙なく業務が遂行するように頑張る役割。   仕事の場合はそれでいいが、ダンボールからビールを移動させようとして、その必要がないと思い当たり勝手に出た声にイラつく。  飯塚の顔が見たい?断じて違う!(自分で言わないと誰が言うのだ!)金曜と土曜のメシはどうしろと?俺が作れる貧しい献立を思い浮かべると、飯塚の料理との落差にガッカリするしかない。   就職を機に姉との同居を解消して一人暮らしになった。飯塚と仲良くなるまで俺はどんな食生活を送っていたのだろう。 最初は物珍しくもありコンビニ弁当やホカ弁を食べていたけど、既製品特有の味になじめず白飯と納豆が定番になった気がする。  あれは会社の飲み会だった。入社したばかりのペーペーの俺と飯塚は帰るわけにもいかず、最後の締めまで気を遣いまくり先輩社員の見送りをした。地下鉄の最終はとっくに無くなっている時間帯。 「疲れた。どっと疲れた」 「まったくだ」 「飯塚の家どこだっけ?俺の家は川を超えるからネカフェでグズグズするほうがタクシー代より安い。どっかで時間つぶすかな」 「俺はタクシーで1000円圏内。歩こうと思えば歩ける」 「飯塚いいとこ住んでんなあ~」 「俺の家で寝ていくか?」  申し出にありがたく飛びつき、飯塚の家に世話になった。 昼過ぎに起きた俺は浴室に突っ込まれ、用意されたこざっぱりとしたスエットに着替えたらホカホカの料理が待っていた。 「え?」 「昨日はそんなに飲んでいないし、ロクに食えなかったから腹減ってるだろう?」 「え?これお前が?」 「え?え?って俺しかいないって」  そう言って飯塚が笑う。それは会社で見せたことのない人懐っこい笑顔だった。不本意ながらちょっとドキっとしてしまった俺。イケメンだと騒ぐ女子社員はこの顔をみたことがあるのだろう、だからあんなにギャーギャー騒いでいるに違いない。  トーストとポタージュ、ガラスのボウルにはサラダ。そしてじゃが芋の一皿。  ありがたく「いただきます!」と盛大に声をだし、かぶりつく。見た目通り、完璧にうまい料理にバクバクがっついてしまった。飯塚はそんな俺を面白そうに見ながら食べている。こんな顔もするんだな。 「なにこれ?このじゃが芋?すっげー旨いんですけど」 「それはハニーマスタード味。豚肉と芋は相性がいいからな」 「はにーますたーど?ほのかに甘いのはハチミツか。でも辛くないぞ、全然」 「粒マスタードは辛みが少ない。酸味は炒めるとやわらかくなるから食べやすい。 甘味は砂糖よりハチミツのほうがコクがでる」 「へええ」 「もう少しゆっくり食べろよ、誰もとらないから」  俺のがっつきが余程面白かったのか、ケタケタ笑ながら飯塚は席を立った。戻ってきた手には二缶の缶ビール。 「ほら」  目の前にビールが差し出された。 「え?」 「休みの朝っぱらビールは最高だろ?」  それがきっかけになった。そのうち金曜日に食材とともに飯塚が俺の家を訪れるようになり、次の日のメニューを告げられ、翌日は飯塚の家にお邪魔する。もはや暗黙の了解のごとく繰り返されている週末の日常だ。  自分の腕では飯塚の料理を再現できないが、野菜炒めや目玉焼き程度は作れるようになった。日曜日に炊いて冷凍した御飯と納豆と未熟な料理が俺の生命線。 「あ~あ、つまんねえの!」  またもや発してしまった独り言にドキリとする。『あ~あ、うまいメシ食べたいぜ~』ならわかるが『つまんねえ』とは何事だ!冷蔵庫に入れようとしたビールを勢いよくあおる。  12月の室温でいい具合に冷えたビールはシュワシュワと喉を滑り落ちていった。  土曜日のおきまり家事メニューに本日は玄関の整理を加えた。大げさなものではなく下駄箱の靴の位置を入れ替えるだけ。春になるまでスニーカーは履けないしサンダルなんてもってのほかだ。冬対応の靴を取り出しやすい場所に移動し、春がくるまでは雪にまったく歯がたたない部隊を上段にあげる。  子供の頃12月って大好きだったよな、クリスマスもあるし雪遊びもし放題の冬休みがあって、一大イベントの正月がある。夜更かしにお年玉、ほんと12月って実入りのいい季節で素晴らしいと思っていた。でも社会人になると盆と正月にGWってほんと避けて通りたい。 前倒しの増える作業に業務に予測と備え……毎月6月くらいにしてもらえないものか?ライラックが咲いて綺麗だし、寒くもなく暑くもなく素敵な季節だ。  そんなことを考えながらついでに玄関も掃いてしまいましょう!とホウキに手をのばした俺は発見してしまった――昨晩鍵をかけずに寝てしまったことを。  習慣というものは恐ろしい。  金曜日俺は自分で鍵をかけない。帰宅したあとも開けっ放しだから……それは飯塚が入ってくるためで、帰る時カチっとさせるからだ。あいつの姿がないばっかりに、居ないことが不自然に俺にのしかかってくる。どうすんの?俺どうしちゃったわけ?  意地でも口説き落としたい相手が現れて、したくないなんて言ってたけど結婚しちゃって、金曜日どころかどの曜日にも飯塚の作った料理が食べられなくなったら、俺どうすんの?  自分の考えに打ちのめされて、結構なダメージをくらった。  その後もいつもはサクサク進む家事はなかなか片付かず、マッパのまま考え事をしたせいで掃除と洗濯を終えることにはすっかり疲れてしまった。  翌日、俺は熱をだすはめになった。(自業自得なんだけど)
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