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<12月> ヤサ男、弱る

「おはよう、何か変わった……」  俺は出張から戻った火曜日の朝、武本の顔をみて口をつぐんだ。あきらかに体調を崩している。 「ちょっと、武本」 「あ、おはよ。言わなくてもいいよ。今俺の体温は36.8度。平熱より少しだけ高いが熱はない」 「そんな顔してどの口が言っていやがる」  武本はふうとため息をつくと言った。 「たぶん37.8度くらい、ギリ8度にはならないところで踏ん張ってるからまだ大丈夫」 「病院いったのか?」 「いや、風邪ってか、ちょっとマッパ掃除に手間取ったのと若干の知恵熱。たぶんこれ以上悪くならないはず。俺のことはいいから早いとこ仕事にとりかかろうぜ。出張の報告聞きたいし、何件か相談があるから」  この時期に体調を崩すなんてお前らしくもないと言いそうになって止めた。そんなことコイツが一番わかっていることだし、俺がダメを出す必要はない。  俺ができることは仕事をやっつけて、できるだけ早く帰宅させることだ。給料以外に働く理由ができるのは大歓迎。俺は武本とミーティングルームに向かった。  なんとか3日やりすごし、ようやく金曜日になった。鬼のように案件に取り組んだおかげで、今日は定時に武本を帰すことができそうだ。 火曜日よりはマシにはなったとはいえ、本調子には程遠いのが心配。 「お前はもう帰れ」 「いや、ここ何日か飯塚にばっかやらせたし。明日から休みだからもうひと踏ん張りする」 「ダメだ」 「ダメっ……て」 「うるさい。病人はおとなしくしておけ。俺が風邪ひいたときのお返しだ。いいから先に帰っておけよ。もう少しで終わるから。おとなしく家で待ってろ」  武本の目が少し潤んだように見えたのは気のせいか?熱があがってないといいが。    会社から急いで武本の家に向かう。いつものように鍵は開いていた。武本の部屋はベッドがソファがわりの1DKで妙に居心地がいい。武本はベッドの中で丸くなっていた。 「悪いんだけど」  ネクタイを緩めていたら声が聞こえた。 「なんだ、寝てなかったのか」 「それ着てくんない?」  指さした床には暖かそうなルームウェアがあった。 武本はむっくりとベッドから起き上がり顔の右側をゴシゴシこすりながら指の間から俺を見た。 「お前がいなくてつまんなくてさ。埋め合わせしろ」 「は?」 「雑誌置き場のとこに布団一式あるからさ。ヒマなら今晩ここにいてくれないか?」  お前……そんなに弱ってるのか? 「悪いな、俺少しおかしくて。お前がいなくて納豆ばっか食ってた。それで色々考えたりして……でも全然わかんなくて」 「……うん」   前に武本がしたように首筋に手の甲を伸ばす。 「……飯塚がいないからつまんなくてさ」 「熱いな、8度超えてそうだぞ」 「……デコさわれよ」  そう言われて触れた額は首筋よりは熱くなかった。 「首のほうが熱いだろ?デコで計った熱は希望的観測値だよ。だから誰もがオデコさわるんだ。体温計の数値を知りたくないのと同じ心理。正確な値を知りたければ首を触れってこと」  少しでも長く眠って身体を休めてほしいから、武本の目を手のひらで覆う。 「お前、寝ろ」 「飯塚は看病に慣れてないな」 「お前は慣れ過ぎ」 「……姉ちゃんが俺の生命線だったんだ」 「生命線?」 「うち商売やってるだろ?両親はずっと忙しくてさ。俺、姉ちゃんが元気にしてないとゴハンあたらなくて」 「何言ってんだ、武本」 「姉ちゃんが母親にかわって俺の面倒みてくれたし炊事もやってた。だけど姉ちゃん扁桃腺もちなんだ」  それで、俺が具合悪くなったときノドをみたのか。 「早く良くなってもらわないと俺ごはん食べられないの。だから必死で看病してできることをするようになって。だから看病と掃除洗濯はできる」 「それでお粥……か」 「姉ちゃん不味いと薬飲まないからさ。だから俺、看病とおかゆ、うまいの」  弱って寝ている姿と、子供みたいな口調で昔の話をしている武本。安心させてやりたい、眠って欲しい。……守って……やりたい。  いきなりスーツを脱ぎだした俺に武本は慌てだした。 「ちょ、おまえ、ハンガー。たのむからかけろ。なんだ、どうした。怖いって」  用意されたルームウエアに着替えて武本の隣にもぐりこむ。 「うわ、なんだ!なんだ!ちょっ!飯塚!」 「だまれ。本当は寒いだろう?怠くていつも以上に疲れているくせに」 「わかったような口ききやがって……」 「安心したあとの朝は気持ちいいじゃないか」 「お前何か食わなくていいのかよ。冷えてないけどビールがダンボールの中にある」 「なにもいらないよ。明日の朝うまいもん食べよう。何でも作ってやるから」  俺は後ろからしっかり武本を抱き込んだ。 「冬の醍醐味は湯たんぽだな」 「……」 「おやすみ」 「……飯塚がいなくてつまんなかった」  今日何回聞いたかなと思いながら俺も言うことにした。 「俺も、つまんなかったよ」  少しだけ震えた背中を胸に感じながら……抱きしめる腕に力をこめた。

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