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<2月> 告白

「今年から義理チョコはやめましょう」  朝礼で課長が「義理チョコ禁止令」なるものを出した。業務連絡に備え手帳とペンを持っていた俺達部下は全員ポカーン。 「日頃のお世話の気持ちというなら、お歳暮やお中元がある。それはちょっと大げさだと言うなら、飲み会で1杯おごってくれたほうがありがたい。禁止したのはもてない男のヒガミではなく、単純にお返しが大変だから!」  ……ということらしい。 「貰ったチョコのほとんどを家族が食べてしまうのに、お返しは小遣いから捻出しなければならない。一つ一つはささやかでも数が重なるとそれなりにかかってしまう。 正直にいおう!俺の小遣いでは無理なのだと!」  ……だそうだ。 「ええと、はい、わかりました。じゃあ今年から『感謝の気持ちをこめて』の義理チョコは禁止ということで。チョコが禁止とは違うので本命はご自由にどうぞ、送るのも貰うのも個人の裁量で。じゃあ仕事にもどりましょう。 課長も……朝礼で言わないで社内メールでまわせばいいのに」  呆れたように笑いながら笹木チーフが課長を小突いた。相変わらず男前な女性だ。こんな女性なら好きになれるのかも。   飯塚は誰かのチョコを受け取るのだろうか。それともバレンタインを一緒に過ごす相手がいるのだろうか。  一人で過ごす週末がびっくりするほど寂しいと感じる自分を知ってしまった後、飯塚に抱きすくめられて一晩すごした。熱もあって怠かったし、なにより心が弱っていた俺は何の抵抗もなく飯塚にすっぽりくるまれて眠ってしまったのだ。  そしてその日を境に、俺は俺でなくなった。色々考えた。様々な可能性や今まで付き合ってきた相手のこと、その時の自分の気持ちを気が済むまでさんざん比べた。  一度も経験したことのない……気持ち。  そう、俺は飯塚が好きだ。認めてスッキリしたけれど、気持ちが少しだけ割り切れただけだった。同性を好きになる問題点や悩みがザクザク湧き出てくるのに何の解決策も浮かばない。こんなことなら、今まで俺を好きだと言ってくれた誰かを好きになっていればよかった。  恋愛欠陥人間のくせに、男に惚れるとは絶望すぎて笑える。  相変わらず飯塚は金曜日俺の所にきて、明日の献立を言って帰っていく。 飯塚が自分の家にいると嬉しいし幸せすら感じる……でも土曜日は違う。  今までのように楽しく過ごせない自分がいるからだ。至福至福とくつろいでいたのに、今は何かを探してしまう。この部屋に誰かが来た痕跡を。飯塚の隣で笑っているであろう存在の影を。兆候が見えないことに安心して家を出るのに、その瞬間から考えてしまう……明日は誰と過ごすのだろうかと。    コンビニの前で「じゃあな」と言って歩いていく背中を見つめる。  同僚のふり、友達のふり、色々なふりをしている俺を知ったら飯塚……お前はどんな顔をする?  地下鉄まで寒い道を歩いていくのが急に嫌になってコンビニに入った。 暖かいラテの缶でも握っていれば、なにもないよりマシだろう。  ホットドリンクの中から缶のラテを掴んでレジに持って行った。いつものバイト君がラテのバーコードを読み取る。鼻筋のとおった、どこか可愛い顔の大学生(だと勝手に思っている)土曜は必ずいるので顔を覚えてしまった。ネームプレトには『北川』の文字。 「145円です。袋にいれますか?」 「いや、そのままで」 「ちょうどですね、ありがとうございます」   財布をしまって顔をあげると、袋が差し出された。 「いや、そのままでいいよ」 「いえ、これ……どうぞ」  グイグイ押し付けられてなんとなく受け取ってしまった。袋に入れなくていいって言ったのに。あれ?袋は軽い。買ったラテはカウンターの上に置かれたまま。 「今日はバレンタインですから」 「へえ、コンビニ業界も大変だね。こんなサービスしてるんだ」 「違いますよ、タケモトさん」  いきなり名前を呼ばれた……え?……どういうこと? 「ストーカーじゃありません。いつも一緒に来る人がタケモトって呼んでいたので名前がわかっただけですから。それは僕の気持ちです。 ええっと……迷惑でしょうけれど大義名分のある日ですから乗っかろうと思って」 「俺の会社義理チョコ禁止になったんだよ。あ、俺何言ってるんだろう、ええと、ということでこれ受け取れないよ」  課長の都合をバイト君が知るはずもないのに動揺した俺はおかしな事を言ってしまった。 「義理じゃないですけど?」 「本命だっていうなら尚更……受け取れないよ」 「気持ちを受け取ってもらえないのは予想済みです。物には罪がありませんから、持って帰ってください。 お待たせしました~こちらのレジにどうぞ」  振り返ると後ろには客が会計を待って並んでいる。受け取った袋を返すタイミングを逸して買ったラテを握り逃げるように店を出た。  家に帰ってから袋を覗いてみた。コンビニの白いビニールに入っていたのは長方形の真っ赤な包み。「物には罪はない」確かにそうだ。ただ俺は男から「本命です」なんて言われることを想像していなかったから、けっこう頭がパニくっている。 「お前が好きだ」と言ったら、飯塚も今の俺みたいになるのかな。思い切って包みを開くと、クランキーチョコが5枚、リボンで結ばれていた。 『これに懲りず、買い物に寄ってください』  ポストイットに青いインクで書かれたメッセージにはハートマークもなかったし、携帯番号やメアドもなかった。このチョコは飯塚の家で食べるつもりで時々コンビニで買う。  あのバイト君はそれを覚えていたのだろう。デパートで売っている高級チョコレートの類は過去にもらったことがあるけれど、自分の大好物であるクランキーをチョイスした人は今まで誰ひとり居なかった。  気持ちを受け取ってもらえないのは予想していた、そんなことを言っていた。男が男に告って受け入れられる確率はどのくらいなのだろう。 あのバイト君は今までにもそんな経験をしてきたのだろうか。そう考えたら情けなくなった。飯塚の影を探して一喜一憂しているだけで何もできない自分。  それに比べて自分の想いをきちんと伝えて、俺の迷惑ならないように大丈夫だと笑ってみせた。気持ちを受け取れないことを、きちんと伝えるべきだろう。バイト君のの想いを無下にはできない。  翌日俺はコンビニに向かった。  今日は居ないかもしれない。でも来週の土曜日まで先延ばしにする気になれなかった。 いなければ他のバイトの子に伝言を頼めばいい。  よかった、居る。  外から手招きしようとしたのに自動ドアが開いてしまい『いらっしゃいませ、こんにちは~』と何人かの声に出迎えられる。カウンターの向こうでびっくりした顔をした彼が一人固まっていた。  2~3分話できる?と聞くと、同じバイトの子に「休憩3分前借!」と言いながら大慌てで店外に走ってきた。その姿が可笑しいやら微笑ましいやらで笑ってしまう。 「ごめんね仕事中に」 「いえ、いえ!いや!あの!買い物?じゃないですよね。ええと……」 「落ち着いて。昨日はびっくりしちゃって失礼な態度だっただろ?走って帰っちゃったし。あ、チョコありがとう。俺の好物覚えてくれてたんだ」  向かいに立つバイト君の目から涙がぽろっと零れ落ちた。 「うわ、どうした!ごめん。驚かしたから?大丈夫?」 「いえ……思った通りの人で嬉しくなったんです。うやむやにも出来たのに、わざわざ来てくれたんですよね?」 「君の気持ちは嬉しいんだけど、俺……今……」 「イイズカさんが好きなんですよね。あの人それ知っていますか?」 「はあああ?」 「見ていればわかりますよ。だから断られるのは予想してました。でもね、やっぱり言っておきたかったんです。タケモトさんずっと元気ないし。ちょっとした日常の変化があれば運も変わるかもしれないし……それは冗談としても、何も知らない僕が惹かれるくらい魅力的な人だってことを知ってもらいたかった。もっと自信をもってほしいなって」  目じりをさっと指で払って笑顔を浮かべる。 「僕と友達になってくれませんか?気持ちには今踏ん切りをつけました! こういうの馴れてるんです。それに僕と友達になったほうが得ですよ?」 「なんで……?」 「男同士の恋愛に関しては僕のほうが経験値ありますからね!友達になっておいて損はありませんよ?」 「でもそれだと俺にしかメリットがないよ」 「全然です。好きな人が幸せになる姿が見たい。もしあの人があなたを要らないと言うなら、その時は諦めて僕を見てくれてもいいし」  そう言って笑った彼は清々しく綺麗で、その瞳に引き込まれたまま頷いている俺がいた。 久しぶりに……心が澄んで軽くなった。

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