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<3月> ヤサ男「特権階級」に特進
「就活……考えるだけで頭が痛いです。理さん、就職できて羨ましい」
俺はおもわずビールを噴きだしてしまった。確かに、就職して馬車馬のごとく働いておりますよ。
「うちの会社は来季の新卒はどうするんだろう。今月末には新人入ってくるけどね。
下につくらしいから、今から面倒くさい、正直」
「もう少し考えて大学行けばよかったかもなあ」
「学部どこだっけ?」
「国文科です」
「辞書つくる人になるとか?映画あったよな」
恨めしそうに俺を見ながら言い募る。
「こんなことなら経済学部とかにしておけばよかった!頭を挿げ替えて理数に改造すればよかった!」
ビールが逆流しそうになったが必死に飲み込む。相当に追い詰められた様子は申し訳ないけど、けっこう笑える。
日曜の夕方、チェーン店の焼き鳥屋で俺に向かい合って座るのは北川正明(きたがわまさはる) 例のコンビニ君だ。クリクリの大きい目が可愛い男の子。4歳下の同性に「男の子」は失礼だが、実際幼く見えるのだからしょうがない。
友達になってくれ、損はない。そう必死に訴える瞳の潔さに頷いてしまった俺。飯塚が好きなことを自覚しただけでグズグズしている俺と違って想いを告げた強さにあやかりたかった。それに一人で悩んでいても解決しないドロ沼から抜け出すためには誰かの助けが必要だった。
毎週土曜日の飯塚訪問は継続中だから、コンビニの前には必ず行く。 正明は土曜に律儀にフルでシフトを入れているから毎週顔を合わせることになった。「明日飲みに行く?」自然に俺が誘ってから、月に二回程度の飲み会が恒例化した。
「うちの会社も調べてみれば?お知り合いってことで多少プッシュできるかも。でも俺の影響力なんてほぼゼロだろうな」
「嫌ですよ。理さんはいいけど、飯塚さんの働く姿なんか見たくないですからね!」
「……聞いておきたかったんだけど」
「なんですか?答えにくい質問のテンションですね」
「俺の、その……飯塚への気持ちってさ、はたから見てバレるほどわかりやすいのかな?」
カルピスサワーをゴクゴク飲んだあと、正明にじーっと見られて居たたまれなくなる。
「たぶん、他の人はわかんないですよ。同性同士が仲良くしていても「友達」がデフォです。ただ同性でも恋愛アリだってわかっている種類からしてみれば距離感を見ると、あ~~って思います。理さん達を見たところで普通の人は「気の置けない仲の良い友達」以上には見ないですね」
「ほんと?」
コンビニの店員にバレるくらい好き好き光線をまき散らしているなら、会社の人間のみならず飯塚本人にも筒抜けだったのではないかと……ここ何日か悶々としていた。
「知ってます?1割はゲイだってこと」
「え?その確率だと会社にもそこそこ居るぞって話になるけど、それ高すぎじゃないの?」
「もう早々に自覚する場合は別にして、異性愛だと思っていたら違ったとか、結婚して子供もいるけど違ったって場合もあるし。自覚あるなしに関わらず大部分は隠して暮らしているから少ないって感じるのかもですね。僕は「ノンケだと思っているけどそうじゃないかも?!」ゾーンの察知力があるってことかな」
「え?それって……どういう」
「ちょっと言い方変えますね。性別に囚われないで人間性で人を好きになれる人がわかるっていうか、そういうことなんです。僕の場合ノンケキラーとかありがたくないあだ名があるわけですが、実際はちょっと違うんですよね。種明かしをすればグレーゾーンをつっつくのがうまいってことです」
俺は口をパクパクさせるしかなかった。自分ではノンケ自覚なのに実はグレーゾーンだってこと?……頭の中がパニくって息を吸うことを忘れてしまいそうだ。
「だからね、飯塚さんが男だっていうのは、もういいと思うんです」
「もういいって……どういう意味?」
「他のことを悩んだり考えたりしたほうが建設的ですって話」
「同性を好きなっちまったって、そこ一番のネックだろう!」
飯塚か俺が女だったら、簡単にスキだって言えるし物事はもっと単純だ。
「理さん……けっこう傷つくな、それ」
サワーを飲み干して、店員にグラスをあげておかわりを頼んだあと、俺の顔を見詰めた正明は寂しそうだ。なにか不味いことを言ってしまっただろうか。
「同性を好きになることが最大のネックだというのなら、僕みたいに同性しか好きになれない男は、存在自体を否定されるってことです。僕は人類のネックってことですよ」
「正明はそんな、ネックではないよ……違うって」
「違わない!理さんはそう言った」
「……」
正明は運ばれてきたサワーを一口飲んで視線をそらせた後、ため息をひとつついてもう一度俺を見た。
「理さんの気持ちはわかりますよ。ちょっと意地悪しました、ごめんなさい。でも言わせてもらえば、もうその道は僕通ってきちゃったから。
どうやら自分は他と違うと思い至って悩んで受け入れるまで沢山の葛藤がありましたよ。
男女が普通っていうなら、なんで同性愛者が存在しているのか?って話になりませんか。
だって昔から存在している。プラトンだってミケランジェロだってそうなんだし。
存在自体が悪ではない、きっと意味があるんだと考えました。で、僕の至った結論」
正明の顔を見ながら視線で先を促す。
「真の意味で相手を好きになれる『人類の特権階級』」
正明はニッコリ微笑んだ。
「性別、常識、世の中の雑音……それを乗り越えて相手を好きになれる。これって特別な存在だと思うことにしました。
理さんも飯塚さんも男だけど、理さんは本当に魅力満載で素敵な人です。飯塚さんの中身は知りませんが、見た目は男前。
魅力お化けみたいな理さんが好きになったのなら、きっと飯塚さんも特別なんですよ。
だからね、特権階級だってことにしておいて、悩むなら他を考えるべきです。
どうしたら飯塚さんに振り向いてもらえるかを考えたほうがずっと精神衛生上いいですよ。
僕の言いたいことわかります?」
驚いた……まったく考え及ばない方向から心にストンと落ちてきた。
「正明……お前はすごいよ。感動した」
「理さんには、そこらへんの凡人並みの考えに捉われてほしくないんですよ、僕としては」
「ここで大笑いたいくらい。すっげえすっきりした!目からウロコってこういう事を言うんだな」
「理さんならわかってくれると思いました。でもこの持論、支持率20%ぐらいですよ、実際は」
「何言ってんだよ!たぶん今の言葉で救われる人間は多いはずだぞ。説得力あるし……それに目線が優しいな。正明の人間性だろうな」
珍しく眉をひそめた正明が訝しげな視線をよこす。
「どこが優しいんですか、けっこう自己中論法ですよ?」
「片方落として片方持ち上げるって簡単だけど、それとは違う。自己否定も憐憫もないけど恨みもない。突き抜けた先の道筋の提示って感じじゃないか。さすが国文科!」
「うわ~なんかむかつきますよ、理さん。それに僕がいくら言っても「結局ホモじゃんか、もしくはバイの肯定?」で終わる話なんですよね、実際のところ」
「今ので俺は救われた気分。終わる話とは違うよ。久しぶりに前向きになろうって思えた」
急に正明が黙り込んでしまったので、つま先で靴先をつついた。
「あ、すいません。僕のアドバイスって飯塚さんに塩を送っているみたいなものですよね。
理さんへの気持ちは憧れだったのかな。憧れっていうのはこういう気持ちなのかと考えていました。
だって、好きになるとけっこうドロドロとか腹黒くなるもんでしょ?全然沸いてこないんです、それが。すっごい不思議。突き抜けて素に戻ったのかな」
かわいい顔をしかめてウンウン唸る正明を見て笑みがこぼれる。自分だけではどうにもできない時は助けを借りればいい。ギクシャクした俺達の関係のことを飯塚だって考えているはずだ。今までだって程度の差こそあれ、俺達はそうやって前に進んできた。
「就職、営業も頭に入れてみれば?」
「ええ~!むいてませんよ」
「説得力ある提示に現状分析。方向性の模索。けっこういいもの持ってると思う。今度の新人、正明みたいだったら会社に行くのが楽しくなりそうなんだけどな」
「ほんとに?」
「うん、ほんと」
正明の言うとおりだ。どうしようもないことを「何故だ」と悩んだところで解決なんてしない。自分の選択を認めて、自分の望みが何であるかを心に刻む。その望みを実現させるために、どうするべきなのか……それを考えたり悩むほうがずっと建設的だろう。
特権階級か……雲が散っていくように、俺の周りから憂鬱が抜け落ちていった。
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