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<4月> 男前の赤面
「なにため息ついて。最近多いよ?」
村崎に言われてはっとする。 気が付いたらため息をついている自分を認識する回数が増えた。
「仕事で心配事か?飯塚にしては珍しい」
「いや、仕事は問題ない」
「ってことは、アレだな」
「……アレってなんだよ」
ランチの後の後片付けをしながら、これ以上会話が発展しないことを祈る。今日は日曜日でいつものように俺は村崎の店に入り込み、見習いの真似事をしていた。
「週末のオトモダチのことだろ?」
「なんだよ……それ」
ふふんと得意げな顔をしながら村崎が俺を見る。この後に言われることを考えると、さっさと片付けて家に帰ったほうがいいかもしれない。
「お前さあ、今までモテモテすぎて恋愛の仕方を忘れちゃったんだろうな」
「……嫌味くさいな」
「嫌味でもなんでもない、まさしくだ。そんなため息ついたって解決しないと思うぞ。
小出しにちょっと言ってみろよ」
武本が何かをふっきった、俺にはそう思えた。2月くらいまで何かを悩んでいたようだし、土曜日も以前のように100%くつろいでいる様子がなかった。それでも行き来のなかった12月よりは改善した、そう思っていた。
それが3月に入り武本が急に明るくなった。しかも以前より強くなり男前度が上がっている。この変化の理由はわからないが、はっきりしていることがある。
武本を引き上げたのは……俺ではないということ。では誰が?そう、それがため息の原因で未だ解決していない。
「少し前まで悩みがあるようだった。それが突然スッキリした顔になって、バリバリ働いている。あげく新人二人が犬みたいについて回って、その面倒みて可愛がっている」
以前にもまして仕事に真剣に取り組んでいる姿は新人にも影響を及ぼしている。一言一句聞き漏らすまいと武本に意識を集中させている二人。懐きっぷりも半端じゃない、実に面白くない。
「週末のオトモダチが?」
「そうだよ。週末のオトモダチ兼同僚、かつスーパーサブ。あいつがいないと俺の数字はあがらない」
「ついでにお前の気持ちもあがらない~」
「……あのなあ」
「飯塚、お前は言葉にしていないだけで、とっくに気が付いてるはずだぞ。
そのオトモダチがオトモダチとして自分の中にカテゴライズされてないってこと。とっくに飛び出しちゃっているってこと。
たぶん相手も同じように憎からず思っているとタカをくくっていたんだろ?
なんとそれが違いました、おまけに悩みを解決したのだって飯塚ではない、じゃあ誰?
そんなとこだろう?お前のため息は」
当たっているだけにムカツク。
「それに武本は男だ、変な勘繰りはよせよ」
「俺にむかつくな。自分にむかつけ。勘繰り?へええ、そんなこと言うわけ。
いいんじゃないの?相手が男だってさ、そうなったら世の中の女がお前の魔の手から救われるってことだ。おこぼれが俺にあたるかもしれないし~」
一見軽そうに見えるくせに、鋭かったりする。村崎はこういうヤツだ……油断は禁物。
『新人君はまだ何もわからない状態だし、飯塚みたいにできる人間ではない。できる人間って当たり前にできちゃうから、それを教えることが下手なわけ。だから二人になにか伝える時意味を教えるように心がけてくれるかな』
『意味?』
『そ、意味。これコピー5部とってくれって頼まれたら、お前なら誰が何の目的で使うのかって考えるだろ。その用途によってサイズを決める。クリップかホッチキス留めか選ぶ。
でもね、新人達はまだそこまで考えられない。コピーを5部と言われたら同じサイズで同じように5部コピるだけだ。
だからこれはこういう用途で使われるから、こういう仕様にする必要があるってことを伝えてほしい。それで全部メモさせて』
『かえって面倒くさいな』
『悪いけど、やってくれ。あいつらを1年である程度仕込むから』
『1年?どういうことだ?』
『俺達の為』
『は?』
『12月の飲み会参加数を減らしたい。ポンコツは二度とごめんだ』
武本がそう言いながら笑ったので、これ以上つっこむなというアイツのサインを尊重した。
「お~~い!」
「なに?」
「なに?じゃね~~よ。手は止まってるし、頭はトリップしてるし。なに一人で回想モードなわけ?」
「わ、悪い」
「ま、だいたい終わったところだし。コーヒーのんでまったりするか」
村崎は高校の時からの友人だ。最初から自分の進む道を決めていた男で、それは料理人だった。中学を卒業して修行するつもりだったが父親に止められたらしい。
『料理人は料理だけ作っていれば一人前というわけではない。広い視野と経験が必須になる』と言われてやむなく進学した。
村崎の高校三年間は食べ歩きとバイト、綺麗なものを見ることに費やされ、勉強は赤点を取らなければいい程度。この頃から一人暮らしだった俺の部屋に入りびたり、色々な料理を作っていた。
卒業後はオヤジさんが営んでいた小さな店に入り現在に至る。オヤジさんは2年前、いきなり海外で友人が経営している店に行くと言って隠居してしまった。それ以来村崎は店を切り盛りし、小さいながらもなかなかの評判を得ている。
常連客として入りびたりになったあと、俺は見習いの真似事をはじめ日曜と祝日はタダ働き要員としてここに通っている。
「飯塚、お前どうすんの?」
「週末のオトモダチの話ならもうしないぞ。しつこいな」
「う~~~ん」
村崎は大きく伸びをして腕をのばしながら脱力した声をあげる。こいつはいつもマイペースだ。
「いいや、違う、お前のこと」
「俺?」
「お前この先どうするんだ?正直俺は助かっているけど、こんな生活は長くは続けられない。 絶対身体に無理がくるし、そうなったら会社にも迷惑かける」
「それは……俺も考え始めているところかな」
「そっか」
コーヒーを飲みながら店の外の往来を眺める。春の兆しが見える日曜日、人々はそれぞれに休日を過ごしている。
俺の休日――土曜日は武本のメシをつくり、日曜はここで他人の腹を満たす。結局は料理をしているだけだと気が付いた。そしてそれを苦にしていない自分を。
「傾きつつ……あるかな」
「うむ」
村崎はコーヒーマグをテーブルに置くと、珍しく真面目な顔を俺に向けた。
「技術は努力すれば身に付く。玉ねぎ100個もエマンセすれば、ほとんどがそれなりになる。大鍋持ち続ければ力もつくし、コツさえつかめば鍋だって振れる。必須なのに努力ではどうしようもないものがある」
「なに?」
「舌」
「した?」
「そ、味覚。美味しいとか不味いとか、それって個人の範囲があるから一定ではないけど、素材の味やその料理の根本の味を認知できないと、この仕事には向いていない。これだけ添加物にまみれた食生活を送ってきている世代は自然の味に鈍感だ。うちの店みたいに既製品や添加物を使っていない所の料理に対して「味がない」と思う人間だっているんだよ」
「ウソだろ?味がしない?十分美味しいぞ」
「いいや、残念ながら現実は違ったりする。そういう人達はマックでもファミレスでもいってくれって話なんだけど。
そういう意味でお前の味覚は確かだよ。リーマンもいいけど、もったいないって思うわけだ、俺は」
「……長い付き合いで、初めて言われた」
「だって、初めて言ったし。でもわかるだろ?高校の時からお前にばっかり試食させてたんだからさ。お前の舌の信頼度の高さを認識してもらいたいものだ」
「舌……か」
「そ、舌。それと人材かな。金は作ればどうにかなるけど、人材ってほんと困る。バイトすら困ってるからね。
一応俺も野望があって、この店とは違うコンセプトの店舗を作ってみたいな~とかあるわけ。でも俺が二人になれるわけないじゃん。将来を見越して人を育てるって今の状態では無理だし正直手が回らないよ。毎日こなすので精一杯」
「舌と人材か」
「そ、舌と人材。喉から手がでるほど俺の欲しいもの」
「舌……そういうことか」
「なにが?どういう、そういうこと?」
「そのオトモダチっていうのが、俺がここにくるようになってから料理の味が変わったって言った」
「ほおお」
「腕をあげた?って聞かれて驚いた。そういう意味でも食わせ甲斐があったんだな」
ニヤニヤしながら村崎が腕組みした。こいつがこの格好をするときはロクなことを言わない時だ。
「そういう意味で「も」ってさ、他にどういう意味があるんだろうね?飯塚君」
ボンと音が聞こえたくらい俺の顔に血が昇るのがわかる。ぽかーんと口をあけた村崎がその一瞬あと盛大に笑い出した。
「すっげ~~!そのオトモダチ。飯塚の赤面って!うわ!すげええ!!レアすぎる!」
文字通り腹を抱えて笑う村崎を前に一番動揺していたのは何を隠そう……俺だった。
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