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<12月> オードブル大作戦ー2
武本のアイディアはオードブルだった。需要があるのは知っていたが、村崎の反応が前から鈍かったから今まで手をつけていなかった。村崎自身のイメージがネックになっていたのだろう。「出来あいの惣菜」「既製品」アイツがイメージするそれは、機械的で温かみがなく健康に悪いもの、そういう考えが根底にあるからだ。
家庭を持ちながら働いている女性は多い。既存のイメージではなく、よりよい提案が可能ならやってみるべきだ。
「添加物や既製品を使わないで「手作り」のオードブルにすればいいじゃないか。SABUROのオードブル=ご馳走になるような」
「お前の家、クリスマスでオードブル食ったことあるか?」
「ない」
「だろ?」
「父親と暮らしていたからな」
「あ~。そうだったな、じゃあどうしてたの」
「俺が作ってた。親父がつくるわけないだろうが。自分の好きなものを作るのは楽しかったぞ」
村崎の顔を見ると、つまらんことを聞いてしまってスイマセンと書いてある。思春期の若造でもあるまいし、今更なエピソードだ。
「いまどき離婚は俺達が子供の頃より多いだろ?働くお母さんだって一杯いるし、現にそういうお客さんに支えられてるじゃないか」
「確かにそうだな」
「最近のクリスマスは家族で過ごす家庭が増えたらしいし、アリだと思う」
「そうだな、やってみるか。まずはメニューをきめなくちゃ」
「ところでオードブルって、何品いれるんだ?」
俺の質問にキョトンとする村崎。容器がなければ品数だって決められないし、量がわからなければ原価計算だってできない。 器の値段だって原価に組み入れなければ適正な価格設定にならない。
メニューを決める前にパッケージショップで容器の買い出しをするため、俺と村崎は出かけることにした。
「武本、留守番してくれるか?」
「了解。あ、行く前に予約帳みたいのある?それとプランとメニューを見せてくれ。
ミネ?ここのテーブルはばらせる?全部つけてもクロスとか問題ない?」
「ないよ~」
貸切は何人から?プランは最小何人から?時間切りはある?等々。村崎は武本の質問の山に答えに答えて、ようやく店をでた。
「サトルって、なんであんな頭まわるわけ?」
「留守中に電話かかってきたら困るだろ?」
「今責任者いないから折り返しま~す、それでいいじゃん。太郎はいっつもだぞ」
「あのなあ、待ちっていうなら来た客は何が何でもキャッチしろ!別の店に問い合わせしてそこでまとまったら客を逃すことになる。武本はそれが嫌だから、対応できるようにお前に確認したんじゃないか」
「なんか嬉しいな」
「はあ?」
「SABUROの為に、こんなに心をくだいてくれてさ。やべえ、俺、サトル大好き!」
どこまでが本気か冗談かわからないので釘を刺すことにした。
「自覚しろ!オーナーとしてもっとちゃんとしろ!」
俺は路上で村崎を怒鳴りつけた。
買い物をすませて店に戻ると北川がいた。
「やっほ~飯塚さん」
「なんで北川がここにいるんだ?」
「理さんに呼び出されたのです。勝手に来たわけじゃないですよ」
「正明はお使い兼試食係として呼んだ」
「そうですよ、もう一仕事してきたんですから」
指さす先のテーブルには、武本持参以外のチラシが所せましと並べられていた。
「デパートにレストラン、コンビニ、仕出し屋さん。色々見繕ってゲットしてきました」
「宣材のイメージにも傾向が必要だし、メニュー作るにしても比較対象は多ければ多いほどいいだろ?値段も中身もけっこう違うし、和洋中とジャンルもバラバラ」
「僕は全部食べられる内容がいいと思います」
「え?食べられないもんが入ってるってこと?」
「理さん、食べたことないの?サークルや宅ノミで買ったりしますけど、結構残る。
まず、揚げ物が油まみれ。エビフライの中身なんか病気みたいな海老ですよ?それに、こういうの」
チラシを一枚手にとってこっちに見せる。
「色は綺麗だけど、よくみたら食べるものが少ない。緑担当の枝豆はたいてい乾いているし。フライの横にあるナポリタンなんて食べます?そして野菜が圧倒的に少ない。
春巻きも結局ブヨブヨ。ウィンナーはご馳走にならないと思いません?」
「そう言われたら……そうだな」
「でしょ?僕なんかコンビニでいやってほど食べましたから。既製品の唐揚げってコンビニも冷凍食品もスーパーの総菜も同じ味ですよね。学生の懐具合だから高級品を買えていないだけかもしれませんが、美味しいオードブルって食べたことないです」
「村崎、あのちっこいのが北川」
「キタガワマサハル君ね」
「あれ?僕名前いいましたっけ?」
「いや、サトルが「まさはる」って呼んでたし、この鉄仮面は北川って」
「あなたがオーナーさんですか?」
「はい、Kitchen SABURO オーナーの村崎実巳で~~す!」
「飯塚さんの脱サラをそそのかした人ですね」
北川のかわいいでしょオーラが消え始めている。
「いんや、もともとこいつが俺の所にやってきて見習いの真似事を勝手に始めたの。
俺はそれを黙認して~」
「黙認して?」
「最終的には俺の傍にいて!ってスガッたの。これでいい?ハル」
「いいも悪いも……」
「は~い、俺の勝ち~」
大人気ないとは、このことだ。
「村崎、時間がもったいない。遊んでないでメニュー決めるぞ」
「あいよ~」
俺の座っているテーブルにどさどさとノートやファイルが積み重なる。
「これは?」
「俺の頭の中身。いままでメモしたものやアイディア、あと下手クソなりに描いた料理の数々。よし、はじめるか」
「正明、ちょっとこっちきて」
「は~い。僕は一生チーム理がいいです!」
俺達は二手に分かれて、オードブル作戦にとりかかった。
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