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<12月> オードブル大作戦―4

 旨い、旨い、うま~~いじゃなの!予想以上に旨い、これは自信をもって買ってもらえるレベル。 一番はしゃいでいるのは正明だ。そりゃあ、コンビニ廃棄弁当とわけが違う。 「フライドチキン、なんだこれは!ってくらい美味しいですよ!」 「だろ~ハル。カーネルおじさんじゃなくたって作れるんだぜ」 「この唐揚げ、ブニュってないですね」 「ブニュが何を意味するかわからんが、胸肉だから脂が少ないんだ。でもパサパサしないだろ?」  お客様がこんな反応してくれるといいな、そんな気持ちで二人のやりとりを眺めた。 「飯塚、なんで今までやってなかったんだ?もったいない」 「アイツも一人で悶々としてたんだろうな。手がまわらないっていつも愚痴ってたし」 「俺、この味付けだったらブロッコリー食べられる」 「うわ、ムカツク。俺のは喰わないくせに」 「修業がたりないんだよ。あたりまえだろ?ミネよりお前が上だったら問題だって」 「えっと、それじゃ挙手でいこうか。この中から6品、もしくは7品選ぶから」 「オーナーさん、それだけ?12品もあるのに半分にするの?」 「そ、だからこそ価値がある。選ばれたのは自信もっておすすめできます!ってことだろ?」 「僕の意見なんかでいいのですか?」 「ハル。なんかって言うな。お前の意見が俺は欲しい。わかった?」 「……はい」  ミネは何気にすごいかも。正明に今日会ったばかりだというのに手なずけている。飯塚なんか未だに手こずっているのに。  全員の意見をまとめて最終的に7品選んだ。ミネが容器に盛ると皿に乗っている時より色とりどりで豪華。これは大満足の仕上がりだ。これなら勝負できそう。ただ時期が遅すぎるのが悔やまれる。もっと早く着手していれば注文数だって全然違ったはず。  クリスマスまであと2週間と少し。5個でも6個でも注文がくれば来年につなげていけるだろう。  仕上がったオードブルの写真を撮る。ブツ撮りといっても道具がないので、スポットライトやスタンドで光を食わせて撮影した。さっき作った宣材のラフに写真を落とし込む。 「正明、これ出力お願い」 「さっきと同じですか?」 「ファイル名は一緒、ラフ1~3。それぞれページが増えてるから、合計9枚」 「了解です」  料理の背景は白と黒、それとこの店のカラーであるオリーブグリーン。色が変われば料理の印象や雰囲気に違いがでる。 「おおお~いいんじゃないの?いいんじゃないの!」 「ミネはどれがいい?」 「俺、これ!」 「飯塚は?」 「俺も同じだな」 「正明は?さっきは写真がなかったからまた違って見えるだろ?」 「でも同じかな、この色いいですよね。だから料理のバックは白いほうが好きです。 黒は高級な感じがするけど、ここの料理って優しいじゃないですか。お店もアットホームだし。だからこれがいいと思います」 「じゃあ、全員一致だ。俺も正明と同意見」  プロのデザイナーのようにはいかないけれど、気に入ってもらえたようだ。 「飯塚にはデータ渡しておくから細かい修正はまかせた。値段もいれないとね。 お前が使えるようにパワポで作ってあるから問題ないだろ?」 「そうきたか」 「そうくるだろ、ここまで作ってあるんだから手直しくらいはやれよ」  本来はお前の仕事だろう!俺はしょせん助っ人。甘えるな! 「ミネ。小さいサイズを作って、各テーブルに挟み込みのPOPスタンドに入れて置くといいかも。あとは自由に持っていけるようにフライヤーをレジ脇におく必要があるね。通りにむかって見える位置に貼るポスターもいるし、トイレにも掲示しよう」 「ポスターどうしようかな、A2ぐらいの大きさ必要だよな」 「1枚2枚だし、セントラルの地下で出力サービスかな。若干高くはなるけど背に腹は代えられない。 損益のラインが俺にはわからなかったから、各品目の原価に容器もろもろを入れた計算表を作ってみたので、使えたら使ってみて。 あとはオードブル受注表とか、とりあえずあれば便利かなって書式をいくつか作っておいたから」  ミネの手にUSBメモリーを乗せる。 「飯塚をこき使って。これでのんびりされたら俺が課長の人質になっている意味がない」 「人質?」 「そ、この男を辞めさせるかわりに僕は会社に縛られたってわけ」 「……なんて言っていいやらだな」  ミネは俺の手からUSBをつまんで飯塚に投げた。 「鉄仮面は俺にまかせておけ。こうみえてね、厳しいのよ?俺。それと……」  ん?それと何? 「サトルに今日逢えてよかったよ。なんかすっげ~楽しかったのに、問題がいっこ解決した?みたいなさ。鉄仮面がきてから、俺の周りが動き出した感があるんだわ。それと、あのチビッコ」 「チビッコ?」 「ハルのこと。俺これからスカウトしちゃう」  ミネが正明の肩をポンポン叩いた。 「ハル?」 「なんですか?」 「ここでバイトしない?」 「は?」 「は?じゃなくてさ。俺さっき悪いと思ったけど試したんだ、ハルのこと」 「何をですか?」 「ハルはちゃんと言われたとおりにトレンチを使って運んで、テーブルに置いただろ?12種類の料理をカテゴリー別に並べた。それもきちんとな。 そして取り皿にも気が付いた。俺が一番感心したのは調味料がいるかと聞いたことだ。 サービスの形っていうのは教えればどうにかなるけど、一番必要なのは相手を思いやる気持を持った人間かどうかってことなんだ。 作り手の俺がどう食べてほしいか。食べる人がおいしく食べるために必要なものはなにか。ハルはそれ、ちゃんとわかってるってことだろ? 俺が目指しているのはマニュアルでどうにかなるレベルじゃない。ハルは俺が一緒に働きたいと思える種類の人間なんだよね」 「えっと……」 「俺らと一緒に働いてくれない?ハル。」  こんなにアタフタしている正明は、俺がチョコをもらった翌日のあの時以来かもしれない。  目的に向かって動く心地よさ。でも遊びではなくベースはビジネス。そして楽しい一日だった。  『コックとウエイターになりたいか?』そういった課長の言葉を思い出す。少しわかったような気がする。小さなきっかけだったけど、今日みたいな取り組みの規模を大きくすれば楽しさ倍増、そして利益がついてくる。  楽しいことがお金になる。課長のいう、次のステップ、喜んで乗かってやる。 楽しいを追及したあとの結果。課長と一緒にいればそれを沢山経験できるということだ。  俺には進むべき道がある。そしていつかその時がきたら、俺と飯塚の二本の道は一緒になる。この確信を得られたことは俺にとって大きかった。  俺と飯塚、ミネ、正明。俺達の時間はこれで終わりではないだろう。きっとまた何かを生み出すために集まることになる……そんな気がした。  

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