33 / 271
<2月> 目指せ!オーナーシェフ
「お疲れさん、太郎とハルあがっていいよ」
「おつかれで~す」
太郎はバックヤードにスタスタ歩いていく。悪いヤツじゃないけど、気配りに関しては「ん?」ってとこが多い。
「ミネさん、お客様まだお一人いらっしゃいますけど、あがっていいんですか?
やることあったら後片付けしながらやっつけますよ。お帰りになるまで時間かかるかもしれないし」
合格!ハルは自分でいうほどドSじゃない。実に心配りがよくて、わざとらしさがないから気持ちがいい。
「あの人知り合いなんだ。だから厳密にいうと客じゃない」
「お客さんじゃないのですか」
「親父の友達っていうか、死んだ伯父さんの友達の人なんだ。 小さいときから可愛がってくれて、俺あの人大好きなの」
「そうでしたか」
「それじゃ、厨房の掃除手伝ってもらおうかな」
「わかりました。看板消して入れても?」
「ラストオーダー過ぎたし、閉めよ」
サトルさま様だ。太郎の後釜を探すのに頭を悩ませていた矢先に上玉が転がり込んできた。コンビニの接客と飲食は違うけれど、相手が気持ちよくなるってことはどんなサービス業でも一緒だと思う。
飯塚がこの店に関わるようになってから、色々と変化していく予感で毎日わくわくする。
「実巳、飯塚呼んでくれるか?ちょっと借りても大丈夫?」
そこに充おじさんの声。なんで飯塚?あげく呼び捨て?
裏口のドアの前で飯塚はノートパソンと格闘中だった。オードブルの反応に気をよくした俺達は、弁当メニューを考えている。 試作品を作ってはハルと太郎に食べてもらい感想を聞いて参考にする。そして写真と原価率をまとめて価格設定。それに目を通すのはサトル。
サトルのダメだしは的確だし、けっこう俺は助かっているのだが、この鉄仮面は違うらしい。ダメだしされると、本気で傷ついたような顔をするから、子供かっ?だから飯塚はダメだしのダメージを喰らわない為にかなり必死で笑える。
「俺の知り合いがお前に逢いたいって」
「あれ?客ひけたんだろ?太郎帰ったぞ」
「一人残ってんの」
「で、今?俺こっちやりたいんだけど」
「俺にとって大事な人だから紹介させてよ」
仕方ないといった顔でノートを閉じると飯塚が立ち上がる。
「さっさとすませようぜ」
はいはい、わかりました。さっさとすませて帰りましょう!
「よ、飯塚。元気にしてるようだな」
「な、なんで課長がいるんですか!」
「なんでって、お前に用事があるからに決まってるだろう」
「課長?充おじさんって課長なの?」
「村崎てめえ!こんな大事なこと隠しやがって!」
「ちょ、お前こそ何?隠す?ってか俺全然わかんないんだけど。知り合いなの?」
「ふざけんな!この人は俺の元上司だ!ついでに言うと武本の上司だ!」
「えええ~サトルを人質にしてるのって、おじさんだったの!」
一人冷静なハルがオシゴトモードの顔でやってきた。
「何かお飲みになりますか?」
「鉄仮面が沸騰してるからビールがいいかな。おじさんもそれでいい?」
「いいね~」
鉄仮面は怒り心頭のおっかない顔のまま無言です。ああ、怖い怖い。どうでもいいけど、世間狭すぎませんか?びっくりした!
おじさんはいつものように楽しそうに飯塚に向かい合っている。しかし飯塚は怒れる鉄仮面状態だ。でも俺最近わかっちゃったもんね、飯塚が表情を変えるのって、絶対サトルがらみ。
俺とハルはとばっちりを喰らわないよう、厨房の後片付けをしながらチラチラ様子をうかがっている。
「飯塚さんってわかりやすいですよね、時々かわいいし」
「はああ?かわいいか?アレが?」
「だって理さんが絡むと必死ですよね~」
「それなのに、肝心なこと言ってないんだぜ、アイツ」
「肝心なことですか?」
「そ、好きで~~す!宣言してないってさ」
「ええええ!まだしてないって何してるんですか、飯塚さん」
「いつか言う時がきたら、とか呑気だぞ?あれは余裕か?」
「それを言うなら理さんだって同じですよ。飯塚さんに何もいってないみたいだし」
「第三者からしたら、バレバレなのにな」
「ほんとですよ。僕が何のためにお揃いのプレゼントしたのかわかってないんですかね。
でも今月バレンタインだから、さすがにどうにかすると思いますけど?」
「話かわるけど、ハル就職どうすんの?」
「それ聞くんですか」
「そりゃ、聞くだろうが。人員の確保は今もっとも難しい問題なんだぞ?」
太郎はまもなく卒業して田舎に帰る。気がきかない天然なところはあったけど、長く働いてくれた人員を失うのは結構しんどい。ハルが抜けることも考えて早くに手を打たないと大変なことになりそうだ。
「就職できたらどこでもいいって話なんですけど、僕がネクタイしてペコペコしたり、オジさん達と飲んだり。まるで想像できないというかやる気が起きないというか。
必死になってる周りに相当置いておかれている状況ですね。3年も終わっちゃうっていうのに希望業種すら決まっていません」
「じゃあ、ここにずっと居ればいいじゃん」
「それもアリだとは思います。結構楽しいし接客は自分に向いている気がします。ミネさん達3人にくっついていたら面白いことが起きそうだし。
ただ若いうちはいいですけど、将来のことを考えるとフリーターってどうなのかって思いませんか?
保険と年金の保障ナシで現金収入のみ。うっかりしていい歳になっちゃって、その時に就職しようとしても相当難しいですよね。
うわあ……自分で言ってなんですけど、へこむなあ」
耳が痛いのは俺も一緒。ハルの言ってる通りだ。雇用保険?厚生年金?会社組織に?いくらから会社って起こせるんだっけ?
ハルだけじゃない、飯塚だって俺と同じ歳だ。『はい、御苦労さま~』って渡す給料だけっていうのは、今まで会社に属していた時とは大幅な収入減だろうし保障もない。それを言うなら俺だって、先のことをきちんと考えたことがなかった。
てことは、それを調べて、毎月いくらの収入が必要なんだって話だよな。足りないってのは明らかだから、回転率をどの程度上げるべきなのか。客単価の見直しと廃棄率や原価率も突き詰める必要がある。そうなるとメニューやプランも変えなくちゃってことだよな。
あ……こういうことか。
サトルがいっつも言う「考えなくちゃ」ってのはコレね。メニューを考えるっていったら、料理のことばっかりで計算といえば原価計算程度だった。
メニューだって目的によって目指す内容が変わる。な~~るほど、俺が気が付くまで何も言わなかったってことね。それでダメだしなわけね。すっげ~サトル!
「じゃあさ、福利厚生がそこそこあって楽しくて、裕福じゃないけど暮らしていくには充分だって条件になったら、ハルはここにいてくれるか?」
「え?」
「ちょっと俺、本気になっちゃおうかな。いやなってみせます!ハルをリーマン帝国から救ってやろうじゃないの」
「えええと、どうしちゃったんですか?」
すっげ~やる気が湧き出てきた。モチベーションの力ってすごい。今までずっと逃げ続けてきたけど真正面から取り組んでやる!
「ありがとうな、ハルのおかげだわ。いい人材がこないって指を咥えてないで、みつけたら獲得するにはどうすればいいかってこと。俺『ハル補完作戦』を開始することにした。まあ、見てなさい。悪いようにはしないから」
何がなんだかサッパリですよと呟くハルを横目に俺は腹を括った。
名実ともにオーナーシェフってのになってやろうじゃないの。飯塚とサトルがいれば迷ったときに導いてくれる。サトルを人質にしてるんだから、ここはおじさんと業務提携するってのもアリだね。
すっげ~楽しい毎日になりそう!!間違いないぞ、今こそが俺の転機だ。絶対にモノにしてやろうじゃないの!
ともだちにシェアしよう!