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<2月14日> 男前の決意

「半分だけ武本を戻してやる」  店に現れた課長はそう言った。どういうことか聞いたら、楽しみにしておけと逃げられたあげく自分のヘタレネタを聞く羽目になった。 「聞いたところによると、武本は本命の彼女がいるらしいな?」  そうきたか……ニヤニヤしながら今にも手を叩かんばかりの課長をうらめしく思う。 「なんでもソースは飯塚らしいな。渡辺と石川の働きで周知はバッチリだぞ?」  何も言う気がしない……いや違う。言うべき言葉がみつからないが正解。 「話は変わるが、実巳は本当に知らなかったんだから責めるなよ?それと俺はもうお前の課長じゃないから、呼び方を変えてくれないかな?」 「高村さんでいいですか?」 「充さんでもいいけど?」 「高村さんでお願いします!」 「これからはちょくちょく顔だすことになるだろうし、課長ってのが気になってな。あともう一つ」 「今度はなんですか?」 「もうすぐバレンタインだな~と思って」  何を言い出すんだ、課長改め高村さん! 「お菓子会社の陰謀に乗っかって愛を告げる日だろ?便乗すればいいと思ってさ。 よし今日の話はこれで終わり。じゃあな」  立ち上がり村崎の方へ向かう高村さんの背中を見ながら、俺はため息をついた。そのくらいわかっている。  会社を辞めて2ケ月。毎日顔をあわせて、話をして、仕事をしていた。近くにいるのが当たり前だった武本の存在が今はない。  ふとした瞬間に「今なにをしているのだろうか」と考えてしまう。用もないのに電話をしたところで何を話せというのだ。「何か用か?」と聞かれても何もないのだから想像しただけでもバツが悪い。  ようやく顔をみることができても、そこにあるのは仕事モードの武本だ。村崎と顔を突き合わせて話をしている姿を見ながら、俺の部屋で「至福至福」と笑っていた武本の顔を恋しいと思ってしまう。  前のように家にいけばいいのかもしれないが、休みが合わない。夜は遅いし、俺の休みの日は当然武本の出勤日なのだ。  俺の余裕のなさに比べ、ヤサ男は平気な顔をして「よ、久しぶり」なんて言いやがる。  恋人なら、意味なく電話をしたって、用事がなくても顔を見にいってもいい。部屋に入り浸っても問題ない。限界だ、今の俺には武本が足りない。  とうとう2/14がやってきた。今までこの日は繰り返される日常でしかなかったが、今日は朝からずっと落ち着かない。  自分の気持ちを伝えるということは、これほど大変なことなのかと実感した。今まで迷惑に思ってきた自分に対しての想いや言葉の重みも。  俺は「その気がなければ、今度は断れ」そう言ったことを後悔した。断り切れない武本を付き合いにもちこんで勝負する手があったのに自分で潰したことになる。いや違う。これは相手が女性だから使える手だ。俺も武本も男……お試し期間は成立しない。白か黒の結果しかありえないだろう。  断られたら?友達としてこれからつきあってくれるだろうか?俺はその関係を成立させる自信がない。顔を見続けて、傍にいる相手を諦められるほど俺は器用ではない。 「今日の飯塚は暗いね。ずっとそのしかめっ面でいるわけ?」  俺の決意を知ってか知らずか村崎はニヤニヤしながら言った。いつもなら文句の一つも言えるが、今日の俺は余裕がない。  白か黒か、友達かナシか……同じようなことをグルグルと何回も考えて、長い一日が終わりに近づいた頃、ようやく店を出た。

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