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<2月14日> 男前の決意、深めの夜
「悪いな、こんな時間に」
事前に電話したので、玄関は開いていたから鍵をかけながら靴を脱ぐ。
「いや、いいよ。まだ起きてる時間だし」
「これ冷蔵庫に入れておくな」
持っていた紙袋をこころもち持ち上げると、武本が「ん?」といった顔をする。
「お前が前に言ってた、普通の白いシチュー」
「まじで?うわあ、今日メシ食わないでおけばよかった」
心底残念そうな顔を見て、少しだけ気持ちが落ち着く。 仕事モードではない武本の顔こそが、俺の好きな顔だ。
冷蔵庫にシチューをつっこんで武本の前に座ったはいいが、自分の心臓が激しすぎる動きをみせて息が苦しい。武本が不思議そうな顔をしているところを見ると、たぶん変な顔をしているのだろう。
「なに?わざわざシチューの為に今日きたのか?なんか変だぞお前」
当たり前だ!大いに変に決まっている!
「……俺、もっと料理うまくなるから」
「はあ?当たり前だろうが、これからそれがお前の生業だろ?」
『料理上手がいい』そう言ったのはお前だぞと言いたいが、言葉になってくれない。
「……俺はやっぱり素直がいい」(察してくれ!)
「……は?何言ってんだ?」(……くそっ!)
「いや、だからその……仕事も別々になった。それまでは当たり前に毎日顔を合わせていただろ?
それが無くなって……つまんないんだよ。だからその……前みたいに酒のんだりダラダラしたりをしないか?料理作るし」
「あ~えっと、その……なに?」
「なにって……」
「もっと遊ぼうぜってこと?別にいいけど。でも休みが合わないから曜日決めないとな」
いや、違うんだよ!決めた日じゃなくても武本の顔がみたいし一緒にいたいんだ!そこまででかかっているのに、でてこない。どうして俺はこうもヘタレなんだ!
「……武本に合わせるよ。じゃ、明日仕事だろ?俺帰るな」
「はあ?ちょっと何だよ、お前」
「地下鉄なくなるし、曜日はお前が決めてくれ」
あわてて立ち上がった俺を武本は可笑しそうに見上げた。笑いたきゃ笑え。行動も言動も可笑しいことくらい自分が一番わかっている!
でも曜日が決まれば、チャンスも増える。仕切り直しをしてまた出直しだ。これじゃシャツ溜め込みと一緒じゃないか、くそっ!
玄関で靴をはいて振り向くと、武本が廊下の壁にもたれて立っていた。
「お前のわけのわからん姿を初めて見るから、今日のところは許してやる。
でも後回しにしていいことないからな、それだけは覚えておけ」
ほぼバレている……それでこの言い草かよ。辛辣な物言い同様の俺様顔は初めてみた武本の表情で……「男前」だった。
「……ちゃんと鍵かけろよ」
俺はそれしか言えず、ドアを開ける。 閉める時、ドアの隙間から見えた武本は笑っていた。今日一日の疲れがどっとおしよせてきて、そのままドアに凭れた。
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