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第2話 精霊と泉と男
『ここが泉』
『ここなら大丈夫』
さっきからロエルに助言していたのは、精霊たちだ。この子たちのおかげで、街の異変に気付いて家を飛び出せた。
あと数分遅れていたら、街の人々に家を包囲されていただろう。そう考えると背中に冷たい汗が流れた。
――とても静かだ。ここなら休めるだろうか。
肩で息をして、草の上にロエルは座りこんだ。精霊は何も言わない。多少の不作法を黙認してくれている。
そうしてしばらく、体を休める。精霊たちの声で起こされて、そのまま走り続けていたから足の感覚は鈍くなっている。
『誰かくる』
『でも大丈夫』
『敵意はない』
緊張で体がこわばる。大丈夫と言われていても今まで人から逃げてきたから、それも仕方ない。
「やぁ、初めまして」
男性がひとり片手を軽く上げて挨拶してきた。さっき精霊たちが教えてくれた、ひとだろう。
「……こんにちは。こんなところでどうしたんです?」
「旅のついでに森へ散歩しに」
こんな道もないようなところへわざわざ来るだろうか?
「今は普通じゃないことをすると、すぐに『魔女』にされてしまいますよ」
「俺のところではもう、終わっている」
彼の声の響きが低くなった。終わっているといっても、最近まであったのだろうと察した。
それから少し遠くから来た人なのかもしれないと、思う。
おそらくロエルがいた街が最後の魔女裁判の地になるだろう。
「そういえば、君こそここで何をしているんだ?」
「僕はここでしばらく暮らしていこうと……。まだ、僕の街では魔女裁判があるので」
「もしかして疑われた?」
「ええまぁ。もう魔女裁判とも言えないんです。疑いがかかったら終わり。裁判すらありませんから。この西の街へ立ち入らないことをお勧めします」
「そうか、ありがとう」
確かにこの人からは敵意は感じない。少し油断して話しすぎたかなとロエルは苦笑いした。
もしかしたらこの人も、何か事情があるのかもしれない。なら、わざわざ痛い腹の中を探ることもないだろう。
「俺もしばらくここで一緒に住んでもいいかな?」
「え?」
思いもしない申し出に、心底驚いた。まず名前も知らない人とともにいること。つぎに、話をしていること。最後に、一緒にこの森で暮らそうと言っていること。
彼に事情はあるのかもしれない。けれど、それはロエルには関係ない。むしろ、誰かとともにいること自体が危険だと思う。
「迷惑はかけない。……それと君は食事とか大丈夫なの? 狩りとかできる?」
食事のことは悩んでいた。木の実や果物はこの森にもある。
けれど、ここでどのくらいいるのか先が読めない。もしかしたら食べ物がない季節を超えないといけない可能性もあった。
ひとりで生きるというのは、ロエルには大変なこと。
ロエルの沈黙に彼は提案してくる。
「なら、君の代わりに俺は狩りをしよう」
「…………わかりました。では僕は、怪我や病気の時に薬草を」
「決まりだな」
うっそうと茂る森の中で一緒に暮らしていくことが決まった。精霊たちはなにも言わない。なら、そう危険はないはずだと思った。
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