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第3話

「もう少し、泊まっていくみたいで」  悪ぃな!と秀政は言う。だがいつもの明るさをあまり感じられなかった。 「どうか、なさいましたか?」 「いや…せがれに気、遣わせちゃったかなぁってな。ごめんな、坊っちゃん」  秀政は両手を合わせて狭山に謝った。秀政に直接松太が言いに来ないことも秀政は疑わない。疑う要素がない。信用を勝ち取るとはそういうことだった。狭山は貼り付けただけではない笑みを向ける。 「いいえ、松太くんといるの楽しいですから」  秀政には束の間の安寧を穏やかに暮らしてほしいのだ。 「狭山くん、今帰り?」  明美とすれ違う。平和ボケした微笑みを狭山は嫌悪した。だが秀政の近くにいる以上、辛気臭いのは赦せない。 「はい。奥さんはお買い物ですか?」 「うん。ここの商店街は温かいね」  他所者(よそもの)にはそう映るらしい。だから観光地を気取っていられる。赤と明るい橙の調和した朱色を基調とした商店街だった。松太が持ってきた明美の土産は首都の隣の県の都会的で近代的な市にある繁華街の物だった。県の全てをその市が背負っているような所だった。 「そう言っていただけると地元民としてはありがたいです」  差し障りのない笑み。束の間の秀政の安寧に不可欠な存在だあるなら、暫くは我慢すると決めたのだ。明美と別れて自宅に戻る。誰もいない居間をぼんやり見つめる。分厚いガラスの灰皿を叩きつけて凹んだ床が白く光っている。もっと早くすべきで、だが遅れたからこそ決心がついた。父だとは思わなかったが父が不本意にでも息子の背を押した。居間には入らず2階の自室へ向かう。 「…ふ、許して…、許して、」  生活音が耳障りだ。涎でまみれた布が後頭部で解けて下唇で引っ掛かっていた。ぎしぎしと家具が軋む。古い縄は人の肌を縛るようにはできておらず松太の皮膚を傷付ける。だが暴れてそれを助長するのは松太だ。一度結束バンドを使用したが血流が悪くなりそうでやめた。 「許して…ごめんなさい…、さやまさん…」  狭山は一瞥することもなくPCへ向かう。松太が見えない。狭山の世界に松太は消えた。朝一番に商店街の外の大型ペットショップで猫用トイレと猫砂、犬用のリードと首輪を買ったきり、狭山の中から松太は消えた。犬用トイレはシートタイプしか並んでおらず、カバーのない猫用トイレを選んだ。ぼうっとしながら犬の売り場と猫の売り場をうろうろしていた。寝起きのように様々な物事が繋がらない。糖質を含まない強度のアルコールが入った缶の焼酎ハイボールを飲んだときの悪酔いと酩酊感にも限りなく近い。何も頭に入ってこない。ただ浮かんだこと、やるべきことは分かっていてそれを感情抜きにこなしていた。自分の視点で誰かが自分を物理的に支配し、そこで自分は第三者目線で、けれど主観寄りに動く視界に付いていくような。飼うつもりのなかった犬の粗相に腹を立てるのも、呆れるのも、嘆くのも忘れた。 「ごめんなさい…許して、狭山さん、ごめんなさい…」  狭山はちらりと犬を見る。青いデニムの首輪がよく似合っている。だがうるさかったため木綿の手拭を咬ませた。だがそれも解けているらしい。 「許して、もう許して…」  犬の言葉は分からない。明るい髪を撫でる。ぽろぽろと涙が犬の目から落ちる。 「泣かないで、わんちゃん…かわいい…」  近所のシベリアンハスキーのアラシとは小さい頃から仲が良かった。けれどいつの間にかいなくなっていて、気付かないうちにアラシは死んだのだと明言されなくても感じていた。柵の間から鼻を突き出す、少し怖い目。だが優しい犬だった。アラシというけれどメスだった。アラシという名前だと気付いたのは空になって暫く放置されたネームプレートを見てからだった。柔らかい毛並みの犬。友。  狭山は松太の頬を撫で、抱き締める。唾液を吸って色を変えた布が口元から落ちた。首輪が狭山の首にも当たる。 「さや、まさ…っ」  ずきずきと額が痛む。治りきった傷だ。幻覚の痛みだった。内部から疼く。目を固く瞑る。 「泣かないで、さやまさッ」 「わんわん…」  松太の後頭部に手を添えて強く強く抱き締める。お気に入りのぬいぐるみを離したくないと必死で。 「狭山さん…泣かないで…」  松太の頬に狭山は自身の頬を擦り寄せる。 「お父さんが殴るの…」  松太の縛り上げられた腕は狭山の背に回せなかった。狭山は松太の胸の中にしなだれかかる。甘えるように腰に手を回し、腹にぐりぐりと頭を当てる。瞼が重い。伸びた前髪がさらりと流れて縫合痕が現れる。髪の中に走っていく。夢の中に現れる父親に狭山はよく眠れなかった。隣で吠える愛玩動物の子守歌に何度か微睡みかけたがやはり再び父親が灰皿を振りかぶる光景に苛まれた。松太の腿に頭を預けて、腹に額を当てて、そのまま泥沼に引きずり込まれていく。 「さや…っ、祈さん…」  狭山は柔らかく瞬きして寝息を立てはじめた。 「っ!」  寝不足に頭がおかしくなっていた。再婚の話を聞いてから狭山の眠りは浅かった。だが久々に夢を見ない深い睡眠を貪った。堅い枕で。身体は少し痛むが。 「狭山さん」  視界いっぱいに松太がいる。ゆっくり身体を起こす。肩がぎしぎし鳴っている。枕が固い。狭山は立ち上がって時間を見る。買い物に行く時間だ。寝違えた首を撫でる。大きな犬が尻尾を振っている。わしゃわしゃと髪を撫で、滑らかな口元にキスを落とす。何故か濡れていた。 「狭山さん…」  きゃんきゃん鳴くからまた撫で回す。買い物に行って、秀政の元へ行き、犬を預かると伝えなければならないはずだ。  狭山は唐揚げを作った。あさりの味噌汁とポテトサラダ。犬にご飯を食べさせなければならず、狭山はそれらをトレイに乗せて自室へ戻る。2段ベッドの鉄骨に括った縄を緩め腕の可動域を広げたが少し暴れたため後ろ手に繋ぐ。 「狭山ひゃっ」  虚ろな眼差しで狭山は唐揚げや白米を口へ運んだ。秀政には明日言おう。 「さ、やっぁ、ん」  餌付けしている間は犬はおとなしかった。また啼こうとする。そこまで空腹だとは狭山は思わず、申し訳なさそうに唐揚げを切り分ける作業をやめて口に放り込む。父とは違う。世話は最期までしなければならない。途中放棄した父と母とは違うのだ。  松太に餌付けが終わると狭山はひとり、居間で夕飯を食べた。時折目に入る、自身が松太を殴り損ねた床の傷。反射が窪みを強調した。咄嗟に思い出した。小さい頃、父にあの灰皿で殴られたのだ。頭の中で小気味良い音がして、耳鳴りの中で汚い雪が降り注ぎ、逆行した男のぎょろりとした黄ばんだ眼球から目を離せないまま冷たくなっていく額や耳介や後頭部をよく覚えている。  愛犬の屹立が目に入った。吠え癖があるのは知っていたが、発情期だったらしい。だが数を増やすつもりはなかった。狭山は気付かなかった自身を恥じ、大手のディスカウントストアに行き性処理道具を購入した。おそらく最も有名なメーカーと思われた柔らかいボーリングのピンのような形状のボーダーが可愛らしい物を選んだ。使い方は知らなかった。店員に使い方を訊ねると苦笑いを浮かべられた。ローションを入れて使うらしい。使い慣れると手間を省くためにコンドームを付けたりもするらしかったがメーカーとかしては生の感触で使い捨てることを選んでほしいとのことだった。  ぐちょぐちょ、ねちょねちょと粘着質で湿った音をさせて狭山は女性器を模したシリコンを松太の怒張に被せ、動かす。ビクビクっと突然松太の背筋が跳ねる。目隠しされ感覚が研ぎ澄まされているからか。 「ふぁ、何、なにぃ、!」  腰が突き上げている。PCの光だけの部屋で脈を浮かせた、肉棒というには厳つさの足らないファンシーな杖が卑猥に照っている。狭山は可愛い声を上げる犬の性器を嬲る。容赦なく動かし、ぐぽぐぽと泡立ち、空気を含んで白くなったローションが見え隠れする。掌が疲れはじめ、小さな箱に入っていたタイプのものにすれば良かったかも知れないと思いはじめていた。 「っんあ、狭山さ、狭山さ、気持ちぃ、っあ、あん、ああ…!」  縛り上げた縄が締まる。胸を突き出して松太の腰は逃げる。 「狭山さ、狭山さぁ、あっ、はぁッ」  狭山は空いた手で愛犬の髪を撫でる。ごしごしと棒状のものを拭き取る要領で機械的に扱く。面白いほどに松太の腰は跳ねた。 「狭山さぁ、狭山さん、好きっ、好きィっあ、」  狭山は手を止めた。松太の腰が2度3度突き上がる。 「あっ、ンっ、なん…でぇ」  名残惜しむ声。背がしなる。 「イきたいっ、イかせて…イかせてくださいっ…!」  秀政に優しく肩を抱かれた雨の夜、玄関を叩きながら目の前の松太に同じく家に入れてくれと何度も叫んだ。二の腕にタバコの火を当てられるのを何度も拒んでは虚しく痕を付けられ今でも消えない。他所様に迷惑掛けやがって!と躾の大義名分を掲げて踵落としが降ってくることもあった。 「わんちゃん、おれが父さんになってあげるよ」  手の動きを再開した。乱暴に扱く。痛みなのか快楽なのか分からないほど。松太は口を閉じるのも忘れてだらだらと涎を零す。 「ぃやら、やらぁ、イく、イくイく、出る…っ」  狭山の知ったことではない。高い声が鼓膜を破りにきている。近所迷惑も考えられなかった。何より両隣はほぼ空き家だ。松太の下半身は暴れた。縄の結び目と粗く硬い繊維がさらに松太の柔肌を抉っていく。射精の余韻など狭山にとっては他人事でしかない。敏感になった器官をひたすら擦り上げる。 「ァァ、だめぇ、やだ!やだぁ!やだやだやだあ!」  くちくちとローションが鳴る。2つの下がったものへホールシリコンを潰すように押し付けるとぶちぶち、と下品な音も漏れた。 「だめ、やだ、やめてっ!おかしくなるっ、おかしくなるぅ、…ッ!」  跳ねる身体に見惚れた。 「ぁあっ、あぅっ、ゥうっ、くっ、あぅう、あァァ!、!」  一際高い嬌声が響く。泣き叫んで暴れる。股間の下に広がる水溜り。身体の様々な箇所が引き攣って、腰は大袈裟に跳ね、口からは銀糸を引いた唾液が溢れ、顎から滴る。 「はひっ、はァ、ひっ、はひっ」  胸が大きく膨らみ、沈む。初めてでこれができる男性は少ないらしい。この犬は初めてではないのか、それとも数少ない初めてできる犬なのかも知れない。 「もぉ、無理、もぉむりぃぃィィあああァァぁ」 「だめだよ、わんちゃん。全部抜かなきゃまた騒ぐんだから」  シリコンを内側に襞状に列ならせたカップを一度抜き、ローションを入れてまた被せる。悲鳴を上げて嫌がられる。松太の両手首からはとうとう血が滲みはじめていた。縄は細いが、古い小学校で使われていたような綱引きに似て針のように固い繊維が組み込まれている。何故この家にあるのかは見当がつかなかったけれど、倉庫にあることを幼い頃から知っていた。 「も、許っ…て、許しッ、ひっ」 「潮吹いちゃうなんて、わんわんは女の子だったんだね」  松太は快感を通り越した責め苦に泣き出した。狭山の言葉も聞けてはいないようだ。 「わんちゃん、もううるさくしてはだめだからね。バレたら父さんに怒られてしまうだろう」  はひはひ息をして、縄の結び目に体重を任せた身体がつらそうで縄を緩める。床に横たわって、肩や脚がひくひく引き攣っていた。 「父さんにバレたらわんわん、捨てられてしまうかも知れないからね、そんなの悲しいから」  狭山は愛犬の口に新しい木綿の手拭を咬ませた。毛布を掛けてそのまま寝かせた。  愛犬を風呂に入れた。首輪にリードを繋ぐ。タイルに手を付いていた。  先日性器を責め嬲った時から随分とおとなしくなっていた。それでも買い込んだ女性器を模したシリコンを1日に数度全て試用した。使うのは狭山ではなかったけれど。種類の多さとそこにある理念の奥の深さ、探究心に惹かれた。肉体的快感を通り越し疲弊して泣き喚きながら寝落ちる実際使用させられた松太より、未使用にもかかわらず触り心地やパッケージの煽り文句と松太の反応を見て様々に考察する狭山のほうが断然楽しそうだった。特に物騒な商品名のホールを使用した時は入らず、説明書き通りにアルコールティッシュで拭き取ったハサミで切り込みを入れてから挿入したのだが松太は絶叫して暴れに暴れた。性器が壊れると何度も叫んで気絶していた。壊すのは本意ではない。それからはもうされるがまま、無駄口を叩くことはなくなった。撮影会も開いたのだが、ぐったりとして撮り甲斐はなかった。  狭山は顎を掬って歯ブラシを口に入れた。歯茎を傷付けてしまうのが怖く、ブラシは親指の爪ほどの柔らかい毛先を選んだ。イチゴ味の子供用の歯磨き粉を付けて磨いていく。シャンプーは鮮やかな茶の毛が傷むのが惜しく、女性もののヘアケア成分を配合したものを選んだ。セットのトリートメントも選んだ。艶髪よりもさらさら髪を選んだ。前に仲の良い女友達からトリートメントとコンディショナーの違いについて語られたのを断片的に覚えていた。どこのメーカーのどの商品がいいのかも言っていたがよく覚えていない。ボディソープには弱酸性のものを選ぶ。グリーンフローラルの香りがした。手首にある擦過傷が沁みないようにシャワーの温度を下げた。シャワーヘッドも替えたのだ。噴出量は大して変わらないが細く水が出るため当たったときに柔らかい。 「ふぁっ、」  湯気の中に佇む双丘の奥まった桜色を発見して、狭山はシャワーを当てながら指を入れた。爪が隠れる程度の浅さまで入れてくるくると回してみた。少しずつ関節を呑み込む。 「さやっまさッ」  目が合う。狭山は視線を流した。松太は顔を歪めて伏せる。手の甲を噛み始めた。  ゆっくりと時間をかけて根本まで挿し込んだ。指の根本を粘膜の筋肉が締め付ける。蠢く指輪のようだった。調べたのだ。傷付けないように。  指の腹を使って内壁を辿る。浅い腹側に特殊な腺があるらしかった。探り探りぴたぴた指の腹で内壁をタップする。文字通り手探りならぬ指探りだった。初めてでは難しいとも書いてあったかも知れない、男の潮吹き同様。それならば毎日時間をかければよい。1日中かけてもよい。 「わんわんは女の子なの?」  女にはないものらしかった。狭山が訊ねると松太の頭は横に振られた。手の甲に口を付けたまま。齧っている。手の甲から唇を外させた。強張った身体では難しいとも書いてあった。 「さ、」  唇を塞ぐ。吸い付く下唇を柔らかく唇で噛む。微かにこりこりとしている。シャワーが狭山と松太に降り注ぐ。 「ん、っふ、くンっ」  無抵抗な舌を絡め取って吸う。舌の裏の滑らかな部分をザラザラとした表面に擦り合わせた。甘い感覚が脳を溶かす。唇を放してまた松太の後ろの窄まりをいじる。前立線を探さなければならない。この身体を使って。 「ぅあ、あ、あ…」  曇った呻き声。ぷっくりとしたものが指に引っ掛かる。双丘が大きく動く。指を締め付ける粘膜が一瞬開いてまたぱくりと閉じた。執拗に撫でる。スクラッチを削る勢いで指の腹で擦る。 「っあ、っく、ふん、ぅんっああ…っ」  タイルに指が立っている。額もタイルについて、シャワーの水が当たっている。明らかに反応を変えた松太に、ここなのだと狭山は確信を持った。場所を覚えなければならない。一度指を抜く。ルートを辿って前立線と確信した部位を指先で捏ねる。 「ぅっあ」  背筋が弓形にしなって、肩が崩れ落ちる。狭山は支えた。 「な…に、おしり、へん…」  喰い千切るつもりなのか強い力で指が引き絞られる。 「わんわんは女の子だから中で感じちゃうんだ…」  指を抜いて、すべすべの洗ったばかりの桃を掌で払った。高校時代のスパンキング好きの友人とみたスパンキングをレクチャーした番組の中に、ただ叩くだけでは衝撃が逃げず痣になるとかならないだとかいう講釈があったような気がする。独善的な愛は暴力で、暴力と愛は違うのだと。だから狭山は暴力を振るわないよう、ここできちんと学んでおかなければならないだろう。 「あうっ!」  ばちん、とした。皮膚に浮かぶ水滴が弾ける。水の音が響く。父は一箇所に狙いを定めない。痣や傷が一目に触れるのも憚らない。そう回る頭は持ち合わせていなかった。置かれている家庭環境が"普通"でないと知ると、それでも当時は先生に知られるわけにはいかないと誤魔化し続けた。きっちりしたスーツ姿の女性が訪問した時は怯えた。父を連れて行かれてしまうと。小さい頃に見た、犬を連れて行った車のように。  手を上げると脳内で父が蘇る。 「あっ、ぅんぐッ」  頬を染めている。痛いだけではないらしかった。だがこのような痛みを伴いそこから快楽を拾わせるやり方は狭山の好みではない。あくまで参考だ。  シャワーで全身をすすぎタオルで乾かす。タオルも髪や肌を傷めないよう、ふわふわとした毛並みの物を選んだ。水を吸い取りにくいと経験上よく知っているためあらかじめ洗っておいた。狭山は腰にタオルを巻いたまま風呂を上がる。まずは愛犬を風呂に入れ、布団に入れてから狭山は風呂に入る。寝る前に布団の中で使う性処理道具を選ぶのが楽しみになっていた。使うのは狭山ではないけれど。  夜勤アルバイトから帰って、自室へ急ぐ。先輩から飲むに誘われたが断ってしまった。犬を飼い始めたと言ったら、先輩が中学時代に迎えたラブラドールレトリーバーの話を長々とされてしまい、帰りが遅くなってしまった。カシャーン、カシャーンと音がする。うぅっと唸る声がして、オルゴールの音が微かにする。自室の扉を開く。目隠しと、胸元に落ちた木綿の手拭の轡。腕は今日は後ろで手に拘束してある。唯一身に纏った狭山のシャツは腹部が大きく色を変えていた。床も水溜りが広がっている。オルゴールの音は場違いだ。寂しくないようにとかけたものだ。ピアノの曲と迷ったがオルゴールにした。オルゴールの繊細な音を掻き分けるカシャーンカシャーンという音はシリコンホールを取り付けて自動で上下に動く、狭山には奇怪に思えた存在意義を持たされた機械。狭山よりも容赦のない動きが松太の意識を朦朧とさせている。松太に近付くと床が振動して、ヴィーンと音がした。狭山がまた特殊な店で買ったものだ。ピンク色のローターという名称だった。棒状の先端が振動し持ち手のある物や、立体的で丸味のあるヒョウ―中国の投擲武器―のような形状の物などがあったがまだ後孔では遊べやしないだろう。はぁ、と悩ましげな吐息混じりの掠れた声がする。完全に落ちることが出来ないのだろう。オルゴールの音を集めたCDを止め、自動手淫マシンも止める。松太の尻から伸びる細くピンクの尻尾。末にはリモンコンがついている。グリグリっと円盤を回す。 「っぃぐ!」  松太の身体が波打つ。尋常ではない痙攣。ある意味でグロテスクともいえた。何の変態もしておらず形状の変化も猟奇的な要素もないが、理解不能で未経験の快感で絶頂を迎えた健やかな肉体に僅かな恐怖と興奮を覚えた。まだあまり弄り慣らしていないはずだったが、素質がある。  びく、びく、と身体全体の痙攣が治まっても大きく肩や内股が跳ねている。性器からは何も出していない。白濁であったものは時間が経ち透明へと色を変え、シャツをパリパリにさせている。だが通り過ぎた絶頂で湿原と化した股座と腹部にも何の変化もない。 「さやま、さ…ん」  か細く呼ばれた。交差した手首がぎちぎちと縄に締め上げられている。 「オレじゃダメなの?って言ってきたけどさ、君じゃなきゃ、ダメみたいだ…」  笑みが止まらない。楽しみで、隠せない。手首を戒めた結び目からベッドの鉄骨に括り付けた縄を外す。前のめりになった腕の使えない愛犬を胸に抱き込んだ。

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