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第4話

 松太が泊まりに来て1週間。秀政には何も言わなかった。それまでは秀政も仲の良い友人だと思っていたのだろう。ある日インターホンが鳴って、出てみると秀政が玄関前に来ていた。 「うちのがホントにすまねぇ!」  松太を心配しているというよりは、狭山に悪いと思っているらしかった。そういいところが狭山を夢中にして放してくれない。 「そんなに明美と暮らすの嫌かな~」  笑ってはいるが長年の付き合いでそれが本心からの困っていることを感じ取ってしまった。 「嫌というよりは遠慮しているのだと思います。松太くん、上で寝ているので起こしてもらってもいいですか?」  自分では起こせなくて、と加えて秀政を2階へ通す。ごめんなさい、と胸に手を当てて、自室に入った秀政の背にスタンガンを当てた。ばちばち、っと鼓膜がおかしくなりそうな不穏な音がたった。息子の変わり果てた姿を、この愛らしい2つの黒曜石は映してしまっただろうか。  昨晩親子丼を作った。痩せ細った愛犬が食べられそうで栄養のある物として真っ先に浮かんだ。血縁関係の有無は重要なファクターなのか否かまでは分からなかったが、親子関係にある両名または複数名を性的に搾取することを親子丼というらしい。高校時代に付き合いのあった者が言っていた。聞き流していたが、このような関係になってしまうとは思わなかった。  疲労からかあまり噛まずに飲み込むくせがついてしまい米はかなり柔らかく炊いた。丸みのあるプラスチックの口当たりのよいスプーンは歯や舌に当たらず、すぐに冷えないように買ったものだ。床で寝る痛みを緩和するためマットレスも買った。忠犬に寄り添って死んでいった西欧の少年の真似事をして、愛犬が眠る側で狭山は寝た。大窓の近くだからレースカーテン越しに日光が入る。時折女声を振り撒くヘリコプターの音が長閑だった。だがそれも、今日でおしまい。 「秀政さん」  縛り上げた縄はきちんと用意したものだ。松太を苛む凶器じみた縄ではなく。だが解かれ抵抗されたなら勝ち目はない。結束バンドも使用した。一時的にだ。  気を失った、少し色の悪い唇に触れる。かさかさと乾燥している。ずっと望んでいたものだった。女性とは同じ内容ではあるが違う理由で膨らんだ胸を揉みしだく。世の男性の、女性への胸への憧れをやっと理解した。狭山は自身を異性愛者だと思っていた。だが異性を愛したことはない。かといって同性にときめきを覚えてたわけではない。最初から今まで秀政しか好いたことがない。女性の胸への憧れを秀政の胸へ置き換えればすんなりと理解した。思春期に焦がれた相手も秀政だった。学友とともに観たアダルトヴィーディオは苦手だった。  吸い付く柔らか過ぎる胸。生唾を飲んで素肌を拝む。胸の毛がぽよんぽよんとした皮膚の上に薄く点々としていた。乳房といえない乳房があるせいで窪んでみえる胸に顔を埋める。狭山の頬や鼻に毛が触れる。肺いっぱいに吸い込むと甘さにくらくらした。松太は少し乳臭さが残っていたが、爽やかで苦味を微かに含んだ芳香。胸を掌で味わう。色素沈着し陥没したブラウンの乳首を吸う。乳輪を舐めねぶり、乳首が潜む粘膜に舌先を押し込む。臍の下からボトムスの下へ誘っていく毛をまるで猫にする手つきで撫で回す。ざりざりした感触が、何より秀政の毛というところに息が荒くなる。こうして触れてみたかった。 「さやま、さ…っ、」  眠っていた松太の目が覚めたらしい。目隠しをしているため、何が起きているか分からないようだった。哀れな犬だと思った。愚かで生温い世界しか知らなかったあまり、目の前で実父を、好きだった者に陵辱されるのだから。 「さやまさん、いるの?」  震えた声は聞き取れたかも怪しいほど小さく、怯えている。狭山は返事をしなかった。手に入ったから、愛しい人が。 「さやまさん」  マットレスの上を手が這う。性器から潮を吹いてしまうまで狭山が遊んでいたためマットレスは簡易的なシーツとタオルを敷いている。撮影会に映えるよう、可愛らしい柄のタオルを選んだ。ずっと放置していた、高校時代の写真部のカメラ。卒業記念に貰った物だった。部員が少なかったから顧問の先生が買ってくれたのだ。  狭山は一度秀政から離れた意識を戻す。片方の乳首を勃たせると片方も丹念に舐める。柔らかく掌で包んで回す。乳房がここまでいいものだという認識が狭山には足りなかった。強い理性が無ければ耐えられない。世の男はこのような煩悩と戦っていたのだろうか。下腹部が主張する。疼いて、秀政を欲しがっている。妄想ではない肉体がそこにある。シャツをたくし上げる。腋に顔を近付かる。豊満な、果実の芳香。熟れ過ぎて、狭山を誘い込む。強い大人の男の匂いだが、狭山にとっては雌の匂いだった。(たが)が外れそうだ。息が荒くなった。快感を期待してすでに快感になっている萌芽(もえが)が内側を迸る。  巨乳好きの旧友が両胸に挟んで男根を擦るというプレイ「ぱいずり」に憧れていた。くだらないと思っていた。手やもしくは本物の女性器で事は足りるのではないかと思っていた。何故肉欲の処理に遠回りが必要なのかと。幼かった。今なら分かる。けれど意識のない秀政に「ぱいずり」をさせるには無理があった。首都名を冠するドームじみた腹があるために跨ることが出来ず、何より秀政を跨ぐことは狭山には躊躇われた。秀政のボトムスを脱がす。下着も剥ぎ取った。大草原に覆われた聖域が露わになる。秋の乾燥、冬の寒さにも負けなさそうな気丈さを漂わせる黒々とした草叢。腹の下から繋がっている。どくん、と心臓の音が聞こえた気がする。最高です、という言葉は喉が体温についてゆけずひりついた。草叢に顔を近付ける。雄の香りの中にある、狭山を鷲掴んで放さない雌の香り。それから安永家の持つ匂い。縮こまって収納されていたこの器官は、前妻に"使われ"、あの明美という女にもすでに"使われた"のだろうか。清めなければならない。  宝玉を掬った。同じ物を狭山も松太も持っていて珍しいものではないはずなのだが、狭山には言葉では言い尽くせない美しさを誇っていた。真の美しさは外面には出づらいのだ。このようなところでひっそりと…だが知る人のみぞ知る美しさを持った秀政が奥ゆかしく思えて仕方ない。息が鼓動に追いつかない。少なくとも2人の女に汚された可憐な竿に舌を伸ばす。地蔵を蹴るような背徳感に躊躇いが生まれた。だが清めなければならない。舌を伸ばして、根本から先端まで舐め上げてから口に含む。意識がなくても反応した。口淫はされたことはあっても、したことはない。宝玉をやわやわ揉みながら懸命に口を動かす。息子には1日最低4回以上は様々な種類のシリコンホールで射精させたが秀政には口淫がいいだろうか。秀政には無理をさせられない。じゅぽじゅぽ音が立って、松太が気付く。 「さやまさん…なに、してるの…?」  狭山はぐぽぽ…と吸ってから口を放し、松太に近寄った。 「静かにできるよね?」  近くに落ちていた、外れたらしい木綿の手拭を松太に咬ませる。後頭部で結んだ。松太に邪魔されてしまえば本末転倒だ。こくりこくりと松太は頷く。  狭山は秀政への口淫を再開する。起きてしまったらどうしよう。息子の姿をどう思うだろう。秀政は怒るだろうか。どう怒るだろう。必死に頭を動かした。喉の奥まで咥えて、口腔内の粘膜で滑らせる。吸い付いて、出てくる唾液を塗り込めた。  どぴゅぴゅ、どぴゅ、びゅるる…    秀政の子種を喰らう。たんぱく質として。鼻を抜ける草の匂い。飲み込んでも喉の辺りで留まってなかなか嚥下できなかった。  もう我慢出来なかった。だが無理強いはしない。毛の濃い両脚を抱えて、狭山は自身の窮屈な獣を出した。ファスナーを下げる音にさえ興奮する。柔らかい内股に茎を挿し込む。柔らか過ぎると内股が狭山の淫棒を包む。これだけ優しく吸い付き温かく気持ちの良いものが他にあるのだろうか。腰を振る。止まらない。内股であるのに、あの女の膣とは比べものにならない。 「っ…ッく、」  限界は早かった。秀政が相手では何度も行えるが早さもまた伴ってしまうだろう。頭が真っ白になって腰を揺する。素股でこの調子では、セックスではどうなったしまうのだろう。狭山は人の形を保てるか心配だ。下半身から溶けてしまいそうで。だが、今はここまでだ。  明美は洗濯物を取り込んでいた。権は学童保育所にいるらしかった。開放されているらしい。明美を避けたのかも知れない。だがあまりにも上手く行き過ぎて狭山はかえって恐ろしくなった。権を2階に上げる必要がなくなるのだから。  松太は秀政と話し合い、自分は松太の荷物を取りに来たのだと言えば明美は家へ通した。明美よりも、自分は安永家と長い付き合いがあるのだ。明美はそれを再婚による家庭内の亀裂と捉えたのが先だったらしい。松太本人が取りに帰ってくればいい話であるのに。仄暗い愉快さ。明美の細い身体にスタンガンを突き付ける。耳にも痛い音を立て、邪魔者は床に崩れ落ちる。 「生きて不義を背負う?それとも駆除される?」  明美は答えない。衣服を脱がせて、脚を開く。 「どっちでもいいけどさ。どっちでも…」  勃たないかも知れない。勃たせるしかない。今日明日は秀政とは遊べなそうだ。 「権の弟か妹、作りましょ?」  この女の中で勃つだろうか。 「托卵女は売るしかなくなるよなぁ」  カメラのレンズが明美を嘲笑った。  秀政は大きな目を開いて狭山を見ていた。ぞくぞくした。肉体的には今日はもう反応しないが、下腹部に甘い波紋が広がった。 「驚いた顔も素敵です」  表情筋が緩んでしまう。いつもの笑みは浮かべられそうにない。秀政はただ驚いているだけで返す言葉も飛んだらしかった。 「なんでこんなことになっているのだと思います?お答え出来ませんよね、おれがお答えします。あなたの息子さんに迫られていたんです、おれ」  愛犬がまたきゃんきゃんとうるさく鳴いている。 「おとなしく身を引こうと思っていたんですよ、これでも。でもあなたの息子がおれに迫るので考えが変わったんです」  愛犬を撫でるとおとなしくなる。晒されたままの下半身を狭山の手が這った。 「坊っちゃん…」  縛られた体勢で狭山を見上げる。ずくずくと腹の奥が沸騰する。だが今日はこの男へ種を植え付けられない。 「ずっと抱きたいと思っていました。ずっと…」  いつでも素直な秀政の目は狭山を捕らえたまま。口は疑問と驚愕で洪水状態。  秀政さん、おれのものになってくれたら、松太くん、放します」  狭山は笑う。ふーっ、ふーっと松太が暴れて狭山の身体に纏わりついた。そうすればもう松太とは関わらない。もしくは社会的に共倒れだ。松太は男に身体を蹂躙されたのだと社会に言えるのか。男女平等を目指していたって人生で染み着き、刷り込まれた価値観と概念が果たして理性で覆るのか、根っから。口で押さえ込めても中身はそうならない。松太はその中で生きられるとは狭山には思えない。この純粋で甘い男が。よしんば訴えられても、その時は2人で終わる。秀政を巻き込んで。 「ぼ、坊っちゃん、冗談きついぜ…?今ならまだドッキリでした~ってのも許すからさ…っ」  引き攣った笑み。その顔もまた愛らしい。絞め殺しそうになってしまう。胸が寂しくなってしまう。 「秀政さんには残念ですが、本気です。冗談でこんなことしませんよ」  松太は狭山の身体に頭を押し付ける。人懐こい猫が擦り寄る様に似ていた。この男は犬だが。 「松太を、本当に放してくれるのか…」  本気さや現実を受け入れてくれたらしい。 「ええ、今にでも開放します」  狭山は松太の顎を掬う。轡の布に頬を寄せた。結ばれた両手首が狭山の胸元を掴む。いやいや、と頭を振る。父の声は聞こえているはずだというのに。 「息子を、放してくれ」  狭山は松太から手を放した。だが松太は狭山の服を掴んで離れようとはしない。松太自らが狭山を選んでいる。これは狭山も想定内ではあった。裸体どころかシリコンホールを被せらた姿や、尻に機械を入れた姿、精液や潮を吹き出してぐったりしている姿まで撮ってあるのだ。 「松太!何してんだ!」  松太は首を振る。秀政は狭山を睨んだ。 「おれはどちらでもいいです、秀政さん、あなたが手に入るなら」  秀政の前では松太をぞんざいに扱えず、丁寧に身体から離す。だが拘束された両手がしがみついて離れない。 「はじめからそのつもりで松太を…」 「違います。松太くんが想いを告げに来たんです。この町を離れるつもりだったみたいですから」  秀政は知らなかったらしい。え、という目を狭山にしがみつく松太に向けた。 「でももうそんな必要ありませんよ。秀政さんはおれがもらいます」  秀政が身動ぐ。ぎし、と縄が鳴る。結束バンドが痛いのか可愛らしい顔が顰められた。 「た、頼む、権には手を出すな!」 「当たり前ですよ、近親相姦のケはないので」  松太の狭山の胸元を掴む手が強まった。秀政は目を見開いた固まったまま。 「そんなことはいいんです、どうだって」  松太がはすはす喉を鳴らして目隠しと轡でほぼ覆われた顔を狭山に擦り寄せる。嫉妬深いペットだ。だが突き離して、秀政に近寄る。噛まれるだろうか。罵られるのも好さそうだ。秀政の身体は強張っていた。安永家に行く前の、ボトムスと下着が膝まで落ちた情けない格好にも狭山は興奮した。狭山は抱き締める。大きく肉厚な腹が狭山の胸や腹を押す。背中に腕を回すのも大変だ。反動のある脂肪を掌で撫で回す。本物だ。夢ではない。気分が盛り上がって唇を塞ぐ。ぶぢっと音がした。つんとした痛みと熱が唇に集まる。噛まれたのだ。鉄のような風味と甘味が口に入る。最高だと思った。出し過ぎて勃たないくせ心地良い痺れが波紋を描く腰を擦り付ける。 「祈…!」  秀政にこの想いを抱いて初めて名を呼ばれた気がする。もう一度キスしようとして顔を背けられた。 「お前はイケメンで頭が良い。女が放って置かないだろ。なんで俺なんだ?俺は自分で言うのはあれだが、中年の熊みたいな毛むくじゃらで太ったおっさんだ…それともお前、ゲイだったのか?」 「おれはゲイではありません。秀政さん、おれはあなただから…」  秀政の愛らしい子熊を撫でる。鋭い爪を立て皮膚を切り裂かれてもよい。獰猛な牙で身を貫かれてもよい。秘められた男の大花に雄蕊を突き立てられるのなら、他はどこを貫いても。可憐な熊を扱く。若くはない。無理をさせてはいけない。狭山は秀政の顔を覗き込みながら利き手ではない手で扱く。ぎこちない快感を与える。ひっと秀政が息を呑み、漏れた音。少しずつ固くなる海綿体。親指の先で竿をくすぐる。 「や…め、ろ…ッ」 「あなたがそうおっしゃるなら」  これくらいのことなら素直にやめる。だが名残惜しそうな、やめないでほしいというような眼差しを向けられたのは狭山の都合のいい妄想なのかも知れない。秀政の身体を放すと、松太がふぅふぅと発情した時に上げる音を轡の布の隙間から出していた。今日はどれを使おうか。筒状のシリコンや性器を包むため表面に凹凸のついたシート、使い捨てタイプのカップを入れたケースを開ける。ケースの開く音に松太の身は縮こまる。期待と恐怖があるらしい。狭山は必ず、射精後も執拗に虐める。時々失禁してしまうこともあった。1日何度も潮を吹かせようと躍起になるため狭山はその度口移しで水を与えた。  襞に特化したもの、突起物に特化したもの、女性器の形状に特化したもの、吸い付きや違う材質を組み合わせたものなどを揃えた。松太の身体は刺激的なものに好い反応を示す。敏感な先端部へ襞が集中し、入り口浅めにリング状のものが入っているためごりっとした感覚があるらしい。奥のほうはきつい構造らしい。吸い付きもよいらしくいやらい音が大きくしていた。ただ今日はこれを使う気にはならなかった。狭山には持ちづらかったのだ。期間限定販売だった松太が泣いて暴れて狭山を手こずらせた、硬さとキツさは群を抜いていたため切り込みを入れざるを得なかったシリコンとは思えないホールを一度手にしたが秀政の前では刺激が強過ぎると思い、やめた。全体を見渡して目に入ったものを選んだ。現実の女性器に近付けた形状のものを"リアル系"と呼ぶらしい。さらにそこにある程度の創意工夫が施されているらしいことがパッケージから分かる。吸引力を除いてはかなり平均的な性質らしかった。半分以上減ったローションを注いで、松太の期待にそれを被せる。秀政が奇妙な表情をして狭山と松太を見ていた。 「息子さんの情けないオナニー、観ます?」  目を逸らすことも忘れていたらしい秀政に狭山は苦笑して揶揄った。秀政の年の半分ほどの狭山にも他人の自慰は見たことがあった。回数は少ないが恥ずかしいものではないのかも知れない、男同士なら。だが松太と秀政は親子だ。秀政はすぐに顔ごと逸らした。膝に頭を近付けて、背を丸める。子熊だ。自分だけのテディベアにしたかった。  狭山は松太の微熱を隠したシリコンを掴む。指を当てる窪みのある設計があるため、この商品はやりやすい。ゆっくり動かす。くちゅ、ぴちゅと水分が空気を含む音が聞こえる。 「ッん、ふン、くくっ、ふ、」  布の奥のくぐもった声。轡を隔てているだけではなく、声を出すまいと噛んでいるようだった。挑発に思えて狭山は容赦なく手を動かす。秀政の前で息子の耳を舐めていいものか迷った。だが開き直って舌を伸ばす。松太は耳が弱いらしく、耳朶や耳介を口に含んで舐め、甘噛みすると早めに射精することを狭山は短期間で見抜いてしまった。ただ狭山が暇になってやり始めたことではあったのだが。秀政も耳は弱いのだろうか。背を丸めた秀政を見つめる。手は動かしたまま。秀政には自身の手で、自身の自身で快楽の園へ導きたかったが、秀政が男の悦びにヨがる姿にも興味があり、透き通ったタイプのホールを買ってある。イチモツなど好き好んでみたくはないが、秀政の聖蕊なら別の話なのだ。 「ふ、ぁっ、んは、ぁ…」  松太が腰を揺らす。ホールが突き上げられる。本物の女性器に似せたそのホールに夢中になっている様が滑稽で仕方がなかった。何を期待して狭山に言い寄ってきたのか、狭山は薄ら寒くなって仕方がない。尻を狙っていたのだろうか。このれだけ、このホールにがむしゃらに腰を突き上げておきながら。心が好きなどとロマンチックなことを言われても狭山には寒くて寒くて、凍えた唇から返答は出そうにない。 「変態…」  耳を舐めて、吐息を送る。びくん、と下半身の刺激とは違う反応を見せる。歳と雰囲気と外観の割りにピアスの穴ひとつも空いていない耳朶を唇で()む。狭山の耳朶には小さなピアスが刺さっている。権が生まれた時に空けた。迷信じみた偏見の目も気にせず。 「ぁ、あっ」  腹筋がきゅうっとへこむ。そろそろらしい。狭山は扱く速さを上げる。 「イッちゃうの?」  松太は乱雑に何度も何度も頷いた。射精のことしか頭に無いらしかった。今すぐ手を止めたかったが、秀政と早く遊びたい。  ぐち、くちち、くちょ、ごぷ、ごぷぷ 「ぅンんんっ」  吐精の快楽など与えない。余韻もこの犬には必要ない。根本まで挿れさせず、先端部に余裕を持って浅く被せ、乱暴に抽挿する。 「ぁひっ、ぁひぃっ」  最初はこの悲鳴が聞くに耐えなかったが、慣れた。男の高すぎる悲鳴に、征服欲とそれより少し劣った保護欲に襲われ、苛まれる。 「ひゃ、ぁっ…!ぁン、ぐぐ、くン!」  布を咬む音がする。歯が悪くなるからやめてほしかったが、一際高くなる咆哮にもうすぐで目的は達成する。  びくんびくん跳ねる身体にもそろそろ飽きがきていた。性器に触れずに桜園に投げ込んだバイブだけで吐精したり潮を吹いたりなどしたら、面白いのではないだろうか。そのような実験は秀政には出来ない。  松太の下に敷いてあるマットレスの上に並べた薄ピンクにそれより薄いドットのキュートなタオルが色を変える。 「松太…っ」  息子の変わり果てた声を聞き、音が止むと秀政は松太と狭山のほうを向いた。 「安心してくださいね、秀政さんにはしませんよ」  狭山は秀政に近寄った。狭山は微笑む。 「でもまずいですよね、こんな可愛くてイケメンな子がホモで、こんなに淫乱な身体をしていて、それで潮吹いてる写真なんて晒されたら…下のお口に機械咥えてあんあんヨがる動画なんて載せられちゃったら、その気もないのに-」 「やめてくれ!やめてくれ、頼む…」  秀政の頬に触れる。 「明美さんとはいつセックスしました?」  狭山の微笑みが消えた。秀政の眉が寄る。 「答えてください、大事なことなんですよ」  秀政の顎を指で撫でながら掬う。今すぐにでも2つ重なる花芯を貪りたかった。 「…2日前…」  狭山がした質問だ。不本意だが確認せねばならなかった。熱湯を浴びたのかと思ったほど体温が上がった。 「ゴムは」 「…してない」  たまたま目に入ったペン立てのボールペンを自身の耳に突き刺してしまいそうだ。 「まぁ、夫婦ですからね」  十月十日というが多少の誤差はある。機械ではないのだ。それにもし宿さなかったとしても他に手はある。 「それとこれと、なンっ、」  口角に唇を落とす。 「それならDNA検査はしたほうが良さそうですね。とは言っても、ここから出られたらですけどね」  ここから出したら、もしくは出られたら、あの女は死ぬ。秀政は2人妻を亡くすことになる。狭山によって。 「息子さんは自分の意思でここに来て、ここに残ることを選んだわけですから…、いいんですよ?帰っていただいても。ただしおれはあなたがほしい。帰るなら自力でお願いします」  とは言ってみたが、暴れて傷付かれるのは本意ではない。 「選んでください。おれはあなたの息子さんと撮影会しますので」  狭山は人好きのする笑みを浮かべた。その内容は物騒だ。 「祈っ、待て、…待ってくれ…」  狭山は松太へ近付く足を止める。振り返って見た姿。悲しい、と思った。夢だったら良かった。もう秀政が狭山に笑いかけることはない。温かい掌を頭に乗せてくれることはない。だが手に入るのだ。ずっと焦がれていた人が。もう笑ってはくれないと分かっていながら。 「俺がやる、俺に出来ることがあるなら、俺がやる…!だからもう松太には…」  秀政を見下ろす。結束バンドと縄で縛られた姿。ボトムスを膝まで下げた情けない格好。愛嬌のあった顔は顰められている。最悪だ。最悪だ。最悪だ。気持ちに決着をつけて、この地を捨てればよかったのだ。 「分かりました」  狭山は松太の縄を解く。ハサミを差し込まなければ解けないほどに固い。後悔とは違う、理不尽な悲しみに襲われた。縄の繊維が指に刺さる。爪との間に入った。視界が曇る。眉間に皺が寄って、少し固まった傷に歯が突き立てられる。 「ばいばい、わんちゃん」  松太の目隠しと木綿の手拭の轡が外される。 「さや、っまさん」  松太の目には狭山しか映っていなかった。秀政が何度も松太を呼ぶ。それでも松太は狭山に飛び付いた。両手をマットレスに縫い留め、2人分の体重で大きく凹む。 「さやまさんすき」  ちろちろ拙い舌が狭山の眦を這う。 「すき、すき、すき」  そう言いながら唇を塞ぐ。 「んぁ、…はっ」  舌が口腔を蹂躙する。上顎をなぞって、さらさらとした唾液が流れ込む。  狭山は首筋に顔を埋められ、舐められる。抱かれるのか、秀政の前で。 「松太!何してんだ!」  松太に秀政の声は聞こえない。 「さやまさん…」  狭山の脚の間を撫でる。内腿を掌が布越しに行き来する。 「さやまさん…さやまさん…こっち見て…」  見ている。だが松太は狭山の頭を固定して、何度も玉唇(ぎょくしん)を啄ばむ。 「泣かないで…さやまさん…オレずっと、さやまさんと一緒にいる…」  大粒の雨が降る。濁っていない大きなハニーブラウンの双眸が潤んで、ぼたぼたと蜜を滴らせた。大きな犬が泣いている。 「オレ殴らないもん。オレさやまさんのこと殴らない」  松太の胸へ鼻先を押し付けられる。安永家の匂いがする。 「さやまさんが父さんのこと好きなら、父さんの次でいいから…おもちゃでいいから…お願い…」  強く抱き締められる。狭山は首を振る。秀政への想いは変わりそうにない。 「松太!だめだ!お前は帰れ!」 「さやまさんのためならオレ、女の子になるから…っ、」  狭山に跨っていた松太は背に腕を回し、自分の窄まりに指を入れたらしかった。 「さやまさん、オレがあなたを愛すらからァ」  松太は苦しそうに狭山を見下ろす。飼い犬に手を噛まれるどころか、貞操を奪われそうになっている。  狭山は首を振る。今日はもう勃ちそうにない。狭山が松太に悪意でやったことを、松太は狭山に善意でやるらしかった。 「松太!」  秀政が叫ぶ。 「松太、やめろ…!松太!」 「退いてくれないか」  狭山が言えば、松太はあっさりと狭山から退いた。男根を模し、振動する器具を買ったはずだ。こちらはシリコンホールとは違って狭山は忌避したためあまり吟味していない。取り出し、スイッチを押すとモーター音が部屋に響き渡る。松太に無言で手渡す。秀政の目の色が変わる。 「俺は…お前らの交際に反対しない…だからやめろ、こんな真似…」 「おれは秀政さんが好きなんです。あなたの息子ではなくて…」 「じゃぁなんでこんなになるまで…っ」 「あなたを傷付けたくないから、シミュレーションです。そのためならあなたの息子でも容赦はしない」   松太は後ろを指で解しながら自らの意思で男根の虚像を入れていく。 「…っ、権もか!」 「さぁ?」 「明美にもか!?」  怒鳴った秀政の声を初めて聞いた。情けない、甲斐性がない、息子や上司や後輩や取引先相手に甘く見られる。そう狭山の記憶の底で握り潰した誰かが言っていたけれど、そのようなことはない。怒鳴ると凄みがある。これを隠せる秀政は、やはり凄い人なのだ。心臓を無邪気な小学生に雑巾絞りされたみたいな苦しさと痛みが走ったきり、駆け抜けることなく逡巡し、留まっている。 「はい」  迷いなく答えた。明美に至ってはもう先手は打ってある。あとはどうなるかは明美の腹の中と、明美しだいだが、それも結局のところ秀政の身の振り方で狭山が決める。 「明美とはまだ籍を入れてない!明美には、何も…」  狭山は目を眇めて秀政を見下ろした。 「あなたを好きだと言っている人の前で、言いたいことはそれだけですか」  他にもあるだろう。だが嫁の話など聞きたくない。 「なぁ、ひとつ聞かせてくれよ…:里咲(りさ)は、事故死なんだよな…?」  秀政の前妻で、松太と権の母親だ。 「おれは、自殺だと思います」  秀政が叫ぶ。松太は喘いでいた。狭山は静かに秀政を見下ろしていた。  狭山は下半身をぶるぶる震わせ最愛の男の直腸を汚した。今では挿入とともに射精し、突くたびに潮を吹く。高い声を上げて腸内だけで法悦を迎えられるのだ。  隣の部屋へ向かう。最愛の想い人との約束で、息子の前ではシたくない、は忠実に守っている。狭山は自室に入った。上段は荷物置き場と化した2段ベッドの下段は明かりが入りづらい。両腕を拘束された青年がその下で目隠しされ、轡を噛み締めている。ウィーンウィーンと同じ感覚でシリコンを嵌められた機械が青年・松太の両脚の間で忙しなく動き、ヴィーンという音は雲って聞こえた。時折低い音とともに床が振動する。うん、っと喘いでぴくぴく腰を浮かせて喉仏が上下した。  時間を見て、また狭山は自室の隣室へ戻った。ここ暫くはここが自室ともいえる。  狭山は最愛の男・秀政に何度もキスをして、汚れてしまった腹の毛から白濁を拭き取る。縄が固く秀政の皮膚を強く痛め付ける。 「権の迎えに行ってくるね」  秀政の下唇を吸って狭山は出掛ける。旧安永家で権と明美にご飯を作ってから、また自宅に戻らなければならない。商店街から少し近い保育園の敷地内にある学童保育所。  権くん、ほら、迎えが来たよ。1人で遊んでいたらしい権が呼びに行った管理人に駄々を捏ねているのが玄関から見えた。教会のような外観をしているが、何か宗教に偏ったところではない。 「権、帰るよ」  狭山は女子に人気で、早く権が来ないと人集りが出来てしまう。玄関から呼ぶが、権は管理人に首を振るばかりだった。 「すみません。もうすぐ妹が産まれるから、妻がナーバスになっていて。きっと怖いんでしょうね」  権は首を振る。帰るよ、と笑う。管理人が権を突き出した。狭山は屈んで権のさらさらの髪を撫でる。微笑む。 権は首を振る。内気な性格とさらさらの髪質は父に似てしまったらしい。  狭山の左手の薬指がきらりと光って商店街に入る少し手前で足を止めた。大通りを跨ぐ歩道橋だった。ここを渡ると、商店街、という感覚がする。 「権、お父さんに会いたい?」  権はびくびくしながら静かに頷いた。 「本当に?」  権は頷いた。 「本当のお父さんに会いたい?」  権は大きく目を見開いて、それからまた頷いた。狭山はまた笑う。 「じゃあ明日は、本当のお父さんが迎えに行くから、楽しみに待っていて」  権の目がまた大きく見開いた。今度は違う意味だった。階段を降りる狭山の脚が途端に重くなる。体勢を崩す。権が脚にしがみついていた。権が危ないと、頭が咄嗟に判断すると足を下の段に着け損ねた。次の次の段にも足は着かない。手を着こうとした。だがその前の段が大きく視界に入っていた。権の頭を抱き込み、身体を覆う。 『がはは、ガキの笑顔が一番の親孝行だわな!坊っちゃんの笑顔も、俺孝行だっっ!』  狭山の皮膚がコンクリートに叩き付けられる。 『松みたいに強く、太ましく、おめでてぇ男になってもらいたいからよ!』  しゃらしゃら髪が鳴る。後頭部がぶつかるたび、目の前が白く弾ける。 『ガキは親のこと、恨んでもいいんだぜ。な~んてな、とりあえずうちで飯、食っていくだろ!』  最悪だ。何故自分の手で潰してしまったのか。  空が見える。灰皿で殴られた時と似ている。後頭部が冷たい。睫毛に絡むものが赤い。左手を上げると薬指が網膜を刺す。だが赤みの混じった霞んだ視界ではそれが何であるか分からない。最悪だ。  松太が帰りを待っている。松太だけは縛り上げなくてもよかったはずだ。解いておけば、よかった。松太は秀政を知覚できるだろうか。権は狭山家に見当がつけられるだろうか。最悪だ。せっかく、最愛の人と自身の息子を手に入れたのに。最悪だ。  帰らねばならない。最悪だ。もうすぐ娘が産まれる。会わねばならない。その体内に巡るものを問わねばならない。手に入れなければならない。だのに、最悪だ。  権が笑っている。 「権…っ、」  狭山は権の肩を握る。  そういう(したた)かさと間抜けさは、母に似てしまったと狭山は笑った。  →後書き+α

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