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第3話
大岡はそわそわしている。客室があるにもかかわらず、越前は大岡を自室に連れ込んだ。居間では平然としていたくせ、越前の部屋に来ると床に座ったままフローリングを見つめている。顔を上げない。越前は無遠慮に大岡を眺めていた。求愛 と多恋 は開けろ、大岡に会わせろとばかりに越前の自室の襖を引っ掻いたり、手を当てたりして物音を立て訴える。1人で使うには広過ぎる部屋には沈黙が流れていたが越前は重苦しいとは思わなかった。大岡がどう思っているかは分からないが、大岡を眺めるのに忙しいくらいだ。
「越前くん…」
大岡がおそるおそる顔を上げる。越前は目を逸らすことなく大岡の視線とかち合うのを待っている。
「はい」
目が合うと大岡は瞬時に目を逸らして泳がせる。
「いいえ…その…」
「資料室に入り浸るようになったのはいつです?部長たちと」
大岡が越前を一瞥した。それが心地良かった。強張った表情が床に伏す。
「…あなたには関係ないでしょう…」
「そうですね。関係ありません」
その通りだ。大岡が何をしようが関係ない。
「北条とは所属が違うそうですが、北条が大岡さんを気にして職務放棄 と捉えかねない行動をしているので気になっただけです」
大岡の青褪めた顔が越前を向く。誇張しているかも知れないがあながち嘘でもない。たが自身の興味には嘘を吐いた。
「北条くん…」
「俺には関係、ありませんがね」
大岡は唇を噛んだ。
「それやめてください」
越前は冷たくそう言い放って大岡の顎を掴み、噛まれた唇にキスする。あの柔らかい唇が傷付くのが嫌だった。舌で大岡の唇を辿る。藻掻く大岡が越前を突き飛ばす。
「どうしてこういうこと、するんですか…」
大岡の目が大きく光りを反射した。
「君にだけは…、ぼくは…っく、」
強く握られた手が弱く越前の胸を叩いた。
「君のこと、好きだったのに…」
「それはありがたいです。なら好き合っている者同士、やることはひとつですよね」
大岡を見ていると、経験のなかった大きな黒い靄に包まれる。酔った時の全てを放棄し考えることが後回しになるような。大岡の好意を都合良く解釈して越前は顔を覆った腕を掴む。
「なっ、あっ…」
思ったより軽い身体に越前は大岡を胸に引き寄せてしまった。体勢を崩した大岡と床に倒れる。ベッドの側面が背に当たる。赤い顔をした大岡が鼻先に迫る。心臓が破裂したのかと思った。
「えち…ぜん、く…」
越前に覆いかぶさる大岡の身体に腕を回す。抱き締めた。切ない声で呼ばれるとまた胸が大きく疼く。
「大岡さん」
大岡が越前を見つめていた。
「嫌なら殴って出て行って」
腕を強く掴んで、引き寄せる、ベッドへ押し付ける。見た目よりずっと軽い。大岡を膝で跨いで、顔の両脇に手を着く。
「だめだ…、いけない、越前くん…」
「このままなら俺、続けますよ」
大岡は目を伏せた。越前はジャケットのボタンを外し左右に開く。シャツの上から胸を撫でる。シルエットは華奢ではないが中年によくある脂肪が多いわけでもない。ボタンを外していく間も大岡は無抵抗だった。
「っあぁ…」
シャツを押し上げる小さな突起に掌が触れた。大岡が手の甲を口元に当てる。喉が鳴る。生温い指。この熱が苦手だった。
「えちぜ、…はぁっ」
掠れた吐息を越前は唇でまた塞ぐ。トラウザーズの上から大岡の半身を撫でた。掌で包み込むように。すでに少し膨らんでいる。感じているのか越前と接している唇が小刻みに動いて、吐息が頬を吹き抜ける。
「大岡さん、勃ってる…?」
越前の呼吸も荒くなっていた。大岡の固く閉じらた瞼が開かれないかと目を離さないまま執拗に大岡の膨らみを摩 る。
「越前くん、もう…やめよ…う?」
越前は首を振る。大岡の手を取り、甘い疼痛が治 らない股間に当てる。大岡が目元を染めた。越前自体、大岡に何をして何をされたいのか分からない。大風邪を引いた時のような浮いた思考で勝手に身体が動いている。万引き犯を捕まえる映像をニュース番組の特集で見たことがあったが、その時の万引き犯の言い分でよく聞く「手が勝手に」ということがずっと理解出来ないでいた。だが大岡を前にして、手が勝手に大岡の胸の小さな主張や、珍しくはない肉体的性別の象徴をいじめようと蠢く。何百回、何千回とみた黄味と赤みを帯びた白い肉の塊が5本の関節を持った細長い突起が大岡に絡み付く。この変な生き物は、自身の手に他ならない。
「待って」
大岡がゆっくり起き上がった。越前のスラックスに手を掛ける。ベルトのバックルが簡単に外される。手馴れていた。少し乾燥した手の甲をぼんやりした視界で凝視していた。生唾を飲み込む。下着ごと下ろしされ、大岡は躊躇いもなくそこへ頭を埋めた。北条の言っていたことが声そのまま再生された。湿った感覚が敏感な器官を覆う。背筋を駆ける心地良い痺れ。腰が逃げる。だが大岡の唇が覆う。越前に好き放題された2つの花弁が自らの意思で奉仕している。
「…ッ、おお、おかさっ、」
じゅぷっ ぐぷぷ… ぐぷぷぷ…
身体が熱い。内臓から全て吸い取られそうだ。大きく膨らんだ先端が大岡の喉奥を突く。喰われそうだ。本能的な恐怖と遠慮する理性、それらにコールド勝ちした底のない渇望。大岡の腰も小さく揺れた。輪を描くように。膨らみが大きくなっている。
「自分で、抜ける…?」
両手で口元を覆い、越前の根元を扱いていた片手が離れ、大岡自身のベルトへ移っていく。金属の音がした。そして衣擦れ。
じゅぽ…じゅぷっ…ぬぷぷ…
「…ッ」
現在は直々でないにしろ部下で、前は上司だった男が目の前で跪き、雄の主張を唇で愛している。だが越前にとってはまだ大岡は上司だった。これから社会的地位がどうなろうと大岡が初めての上司だった。理想の上司がそのまま大岡で、それは大岡に出会ったことでそうなったのか、それとも運命の出会いだったのかは分からない。
「ンく、っ…」
衣擦れの音が激しい。片手が速く動いている。大岡が自身で、他人の部屋で男を口に咥えながら慰めているという図があまりにも淫らで越前は浅い息を繰り返して強く腰を押し付けてしまう。何人もの薄汚そうな脂ぎった部長たちの守銭的で矜持ばかりの粗末そうな棒を、この清らかな見た目の淫らに濡れた口が悦ばせたのだろうか。大岡の頭の動きが速まった。搾り取られる。目の前が真っ白に弾け、大岡の口腔内で白濁液が爆ぜた。細められた双眸が虚空を見つめる。
「すみ、ませ…」
「ん、ふ、んぁ…」
切なく伏せられた睫毛。白く汚れた口と紅い舌。湿った熱い吐息が敏感な先端にかかっる。大岡は越前と見つめ合ったまま扱き続ける。何も言わずに見つめ合った。逸らすことは出来なかった。眉根に寄る皺が深まっていく。
「あん…あ、あっ…!」
くちゅ…くちゅ、ずちゅちゅ…
鼓膜を犯す濡れた音の間隔が速まる。大岡の色付いた唇が小さく震えた。越前の体液を溢しながら。卑猥な現実が内側から耳の先と頬を炙る。
「ごめ…んなさい…」
口の端と掌を汚す大岡の痴態をおそらくは数秒、だが体感は数十秒ほど見つめてからティッシュの箱を探す。ベッドの枕元だ。2、3枚大岡に渡す。
「ごめんなさい、越前くん…」
大岡は越前を見ようとはしない。
「いいえ」
冷たく言ったつもりも意図もなかった。
「楓ちゃん!大岡さん!お風呂は?お父様待ってるよ?」
襖が開いた。季良里はノックもせず入ってくる。一度も咎めたことがなかった。慌てて越前は大岡と距離を置く。どたどた足音をたてて猫と犬が珍しく越前の自室に入り込む。目指すは大岡だった。
「行きましょう、大岡さん」
「あの、でもぼく、着替えを持ってきていないので、今日のところは…」
「姉さん、来客用の着替えを」
季良里は分かったと言って物置と化した母の部屋に向かった。大岡は黙ったまま、この自室に来た時と同じように落ち着きがない。
「何から何まで…すみません…」
大岡にそのつもりはないのだろう。だが越前には下品な言葉の綾に思えてしまった。
「構いません。こっちが勝手にやっているだけですから。ジジイと一緒に入りたくなかったら俺から断りますし、オヤジの入ったお湯が嫌でしたらお湯抜きますよ」
「そんな…ぼくだっておじさんです。ご一緒させていただけるなら喜んで入らせていただきます」
大岡は話しているほうが緊張しないらしい。また儚げな笑みが浮かぶ。また越前の胸を、爪楊枝のような華奢なくせ鋭いものが突 く。
越前は父に長風呂に付き合わされ、先に上がった大岡がいるだろう居間に向かう。大岡は来客用の寝間着に身を包み、ソファに座ることを遠慮したのか床に腰を下ろして求愛 と多恋 に遊ばれている。だが視線はテレビの少し横に注がれていた。一枚の油絵が飾られている。青と水色のグラデーションと雲。水平線と人工物の中にある緑に溢れた街。異国の地が描かれている。大岡はそれをじっと見ていた。襖を開く音にも気付かなかったらしい。近付いていくときに求愛 が唸って、大岡は越前に気付いた。
「大丈夫ですか?顔が白いです」
「長風呂するとこうなるんですよ。すみません…だらしのない姿を見せてしまいましたね」
大岡の表情は柔らかい。子どもの頃に離せなかったシフォン素材の掛け布のような男だ。
「いいえ。楽しかったです」
父が勢いに任せてまた縁談の話を掘り返し、大岡は丁寧に断っていた。どこか寂しすを漂わせる大岡に妻子の有無を訊こうとしてから、縁談の話が持ち上がるということは現在形としては妻子はいないということだと問いを飲む。ごく自然に大岡には妻子がいると錯覚させるような雰囲気があった。それは包容力か、柔らかく穏やかな中で時々露わにする威厳だろうか。
「何を見ていたんですか」
「あの絵です。昔行ったことがあるんです」
大岡の横顔を見つめる。茶のガラス玉をじっと。
「…俺はないんです。どんなところなんですか」
「ワインが美味しかったな…シーフードの料理が美味しくて…」
「おひとりで?」
大岡は油絵から目を離し、越前を一瞥する。
「…昔の恋人ですよ」
大岡の手が多恋 の頭を撫でている。喉を鳴らす音が大きい。何も反応のない越前に大岡は申し訳なさそうな顔をした。
「つまらない話で、すみません…」
「あ…いいえ…大岡さんの昔の恋人、どんな人なのかな…って考えてしまって。詮索する気は、別にないのですが」
やはり人気があるのだろう。清潔感があり、穏やかな顔立ちで実際人当たりも良く温厚だ。物腰柔らかな話し方と低すぎず高すぎない心地良い声もまた魅力的だ。いくつも歳上の大岡には越前の知らない歴史が当然ある。それは意識する前から無意識にも理解していたことだ。だが恋人、となると息を忘れた時に似た苦しさが胸に溜まる。北条の告白を聞いた時のばつの悪さの数倍はある。
「……静かな人でしたよ。口数が少なくて、表情も乏しくて。頭は良くて、優しい人でした。でもちょっと意地悪というか…鈍感で」
喧嘩別れではないのか。喧嘩別れのまま、反省に入ってしまったパターンかも知れない。
「今でも…好き?」
「そうですね。今でも…忘れません」
「縁談を断ったのはその人が忘れられないからですか」
多恋 を撫でる手が止まる。人語ではない低い抗議が上がる。求愛 が尻尾を振って大岡の周りを忙しなく歩き回る。
「それもあります」
「でも一度は承諾していただきましたよね」
「複雑ですよね。申し訳ありません。季良里さんが嫌になったとか、越前さんたちと家族になりたくないというわけではなくて」
焦れた多恋 は自らが立ち上がり、大岡に頭や身体を擦り付ける。
「別にやたらテンション高い姉を拒絶されたとか、俺の家族の異様さに引いているわけではないのは分かっていますよ」
大岡は、そうは思っていませんよ、と可笑しそうに返した。
「ぼくではあなたの義兄にはなれません」
大岡は表情は、大岡の肩に手を置き肩に乗ろうとして身体を伸ばす多恋(たらば)によって遮られた。そのような気の遣い方をされる筋合いがあっただろうか。思い出す。ここ最近大岡と接する機会は多かったがそれでも話したことは限られている。
「義兄になるならしっかりしてくださいって言ったの、気にしてます?」
「…ぼくは…ぼくはあなたが異動して昇進している間に昇進どころか…」
俯く。立てば芍薬とはよく言ったものだと越前の冷たい美しさのある顔に薄気味悪い弧が描かれる。項垂れる姿は鈴蘭水仙によく似ていた。だが慎ましさでいえばかすみ草だろうか。白い花だろう。真剣に大岡に似合う花を数少ない、知っている花のレパートリーを思い出す。
「そんなぼくに声を掛けてくださった越前さんには感謝の言葉もありません…個人的に気に入ってくださいっているのも分かります。ですが…」
「他に忘れられない人がいたんですね。ただの政略結婚ですよ、律儀ですね」
「政略結婚というには…越前さんにメリットがない」
課長から降格した男と社長の娘の結婚は確かに釣り合わない。だが自宅でも顔を合わせる職場の人間なら大岡がいい。大岡でなければ嫌だ。
「形式とはいえぼくは結婚するのなら相手を大切にしたい。でもぼくには忘れられない相手がいて…2人を同時に愛するだとか、出来る人は出来るんでしょう。そういうのもアリだとは思うんです。でもほくには出来ません」
大岡の口元に柔らかい肉球が当たる。越前と喋るなと言わんばかりに毛むくの両手が大岡の唇を塞いだ。
「多恋 」
呆れて越前は猫を呼ぶ。悪怯れた様子もなく多恋 は両前足を下ろした。
「たらばっていうんですか。かわいいんですね」
「そーなんだよ。多恋 ちゃん」
風呂から上がってバスタオル一枚の九嵐が居間へ来た。
「父さん…」
「飲もう!大岡くん!息子、酒!」
「じゃあ服着てきてください…」
額を押さえて越前は酒の準備をする。
「越前くんはお酒に強いんですね」
視界が開く。天井と大岡の顔。後頭部に当たる固い感触。酔っ払って意識を失ったらしい。父に飲み比べで勝負を挑まれ、早々大岡が降りたところまでは思い出せる。
「っ痛、あれ」
上体を起こす。鋭い痛みが頭の中に走って越前は顔を顰めた。普段は弱いとすら思った蛍光灯の電気が頭痛を助長する。辺りを見回すが父の姿がない。
「越前さんは自室に戻られました」
大岡を振り返る。目眩と頭痛に大きく息を吐くが上体を起こすのも気怠るくまた倒れこむ。後頭部に当たる柔らかさはあるが芯の固い物。もう一度身体を起こして確認する。脚。誰の。大岡。眼球を動かすのも面倒で、頭がくらくらし、また倒れ込む。
「申し訳ない」
口では謝るがまた身体を起こす気にはならなかった。目を瞑る。頭の上で微かな振動。聞き覚えのあるそれはおそらく猫の喉だろう。側頭部に弱く当たり、擽ったく焦らすものはおそらく犬の尾だ。
「構いません…柔らかくないですが…」
猫の逞しい尾が越前の頭を引っ叩く。側頭部に当たる柔らかい尾もまた勢いよく越前にぶつかった。瞼越しの光が眩しい。遮る尾は心地良いリズムで引っ叩いている。
眠ってしまいそうだ。いけない、起きなくては、と思ってはいるが起きる気力はない。寝落ちてしまわないよう、頭を働かせる。
「明日は、休みですよね」
「はい」
寝てしまいそうだ。大岡の体温と声に誘われて。猫の尾でないものが髪に触れる。撫でられているらしかった。梳かれている。越前には喉を鳴らす器官がない。
「大岡さん…」
口を動かしていないと眠ってしまいそうだった。すでに目を開ける力はない。
「はい」
越前の艶やかな黒髪に絡む白い手が止まる。咎められるとおもったのだろうか。小さく、続けてくださいと途切れ途切れ口にした。
「好きですよ、俺…大岡さんのこと…」
「…ありがとうございます」
大岡の声音がさらに穏やかになる。伝わっていない。言い換えよう、言い直そう、もっと詳しく言おうと思っても眠気が意識を泥沼へ引き摺り込もうとしている。
「北条が…お義兄(にい)さんに…な、るの……いやです……よ…」
何か喋らなくてはと思って出てきた言葉を訂正する間も無く越前は眠ってしまった。
『いや、やめて…やめてください…、!』
北条がベッドに縛られシャツを肌蹴させた大岡の素肌に触れ、色の薄い突起を指で捏ねる。
『いや…、気持ちぃい…、やめてください…!』
越前は股間に熱が集まっていくのを遠く感じていた。
『大岡さん、ずっと好きだったんです、ずっと…』
場面が変わった。越前のよく知る職場だった。
北条が大岡を背後から貫いて臀部へ向け腰を打ち付ける。北条の可愛らしい顔が歪む。大岡が揺さぶられるたび涙と涎が撒き散らされる。胸を突き出し北条が大岡の両胸を摘んだり、捏ね回したり、抓ったりしている。北条が腰を打ち付けながら大岡の肩に顎を乗せた。
『大岡さん…いつもエロい顔してるんですもん、我慢出来なくなりますよ…』
『いやァ、いやです!ぁん、あ、助けてくださッあ、んん、…ぁあ、!』
大岡の引き締まった白い桃が北条の腰に吸い付く。潰れてはまた形を戻し、男を煽る。
『越後さんもきっと、ずっと課長のコト、犯したいって思ってたはずです』
『ぁん、やらぁ、あ、あ、助けて、越前くん、ぁ、ぁん、』
身体が熱い。北条と大岡だけの2人だけの部屋を越前は斜め上から見ていた。監視カメラのようだった。だがそれは時折ズームされる。
『大岡さんの透け乳首とか、多分あの人も舐め回して吸って、擦 りたいって、そういう想像して1人ヌいてますよ』
『ぃやぁ、ぁん…あ、おっぱいいじらなっぁっ……っ!ぁ、」
『この張った尻も、越後さんの頭ン中じゃ何度もギンギンになったの突っ込まれてるんですよ!』
限界だ。霞んだビジョンがまるでスクリーンだったティッシュを丸めたかのようにくしゃりと縮められ、消え失せる。
電気が消えている。だが明るい。ソファの感覚。首が痛い。股間に濡れた感触がする。越前が頭を乗せていた大岡の脚には多恋 が乗り、勝ち誇った金色の目を向けた。大岡は背凭れに背を預け眠っていた。脚の間には求愛 がいた。昨夜一度大岡によって出したはずだった。だが夢精した。北条と大岡の猥雑な夢で。
「…、越前くん?」
放出して一段落ついていたものがまたずきんとした。心臓の位置が両脚の間に移ったようだった。
「あの、いえ、すみません。ちょっと、あの…」
何から言えばいいか分からない。まずは変な体勢で夜を付き合わせてしまったことを詫びるべきかも知れないと立ち上がって大岡に向き直る。二日酔いに立ち眩む。
「越前くん?」
「酔っ払いに付き合わせてしまって申し訳ない…っ!」
大岡が越前に抱き着いた。突然の温かさに固まる。それなりの歳を重ね、情けなく夢の中で精を放ったことが伝わってしまいそうだ。
「大岡さん…?」
「すみません…、でも、もう少しだけ…」
震えた声は怯えているように思えてならない。夢の中の泣き叫ぶ大岡とわずかに重なった。
「どうしました?っていうか風呂入りません?冷えましたよね?」
抱き締められたまま越前は喋る。視界が二日酔いで色を失っているような気がする。
「ご一緒させてください…」
大岡を連れて風呂場へ向かう。客人だからと大岡を先に脱がせて風呂場へ向かわせる。越前は汚した下着を洗わなければならず、遅れて風呂場へ向かう。檜の壁と石畳みで出来た浴室は九嵐が特にこだわっていた。
「越前くん…」
淋しそうに呼ばれると直視出来ない。
「越前くん…北条くんがおにいさんになるっていうのは、どういうことですか…?」
一般家庭の数倍の広さがある、乳白色の湯が張られた中に立つ姿。朝日の中の怪しい光に浮かぶ白い肉体。湯気を放つ大岡の引き締まってはいないが弛んでもいない身体は神々しく越前には映った。手を伸ばしたら湯気に包まれ消えてしまいそうで越前は近付けなかった。
「ぼくには…関係ないこと、ですよね…」
無言を拒否と受け取ったらしかった。越前の目がきちんと大岡の目を捕らえる。
「ああ、姉が犬みたいだと気に入ってしまって。かわいいタイプの男が好きだったみたいです。ずっと海外のアスリート体型の男が好きだと言っていたのですが」
「…そうでしたか」
それならぼくはどちらにも当て嵌まりませんね。大岡は卑屈というよりは晴れやかそうだった。
「俺は父は何も跡継ぎのためだけに俺たちを産んだとは思っていません。でも父の立場上仕方ないんでしょう。望まない結婚を強いられることも姉は分かっているはずです、おそらくですが。それが広い家に住み、大した努力をせずとも環境の整った学校大学に行って、碌な就活もせず給料を食むということなんだと思います」
掛け湯をして大岡の隣に腰を下ろす。
「越前くんは、本当は絵のほうに行きたかったんじゃないですか」
「なんで、ですか?」
大岡は悲しそうな目を向ける。見抜かれたような、触れられたくなかったくせ誰かに気付いて欲しかった部分。越前は声が上擦ったのを自覚した。
「あの絵は越前くんが描いたものなんじゃないかと思ったんです」
隠すことでもない。照れることでも。
「親バカでしょう。でも外さなかった俺も俺ですかね」
「ぼくは芸術にも疎いですが…でも素敵な絵だと思いました」
大岡の身体が間近にある。
「て、照れます…」
何の気なしに描いた絵だ。高校時代の美術の授業で初めて触れた油絵の画材。面倒だと思っていたが楽しかった。
「ぼくの思い違いかも知れないですけど…それからまだ君がぼくのところにいた時、たまに余った資料に絵を描いていたでしょう。だから…何というか、切なかったんです」
大岡と顔を見合わせる。越前はすぐに逸らしてしまった。
「でも、仕方ないことで他人の家のことだからって思ってたんですよ。でも…嫌です…嫌なんです」
湯の中の手に手が重なる。
「越前くんが北条くんと懇ろになるのも、越前くんが知らない誰かと結婚してしまうのも…ぼくは…」
誰と誰が懇ろだって?訊き返す前に唇が塞がれた。水が弾ける音とともに。下着に放ったものよりも、今浸かっている残り湯よりも、頭の中は真っ白だった。
触れるだけのキス。離れていく桜色の唇を越前は追撃した。
「…ン、あっ」
大岡の輪郭をなぞる。酸欠になるほど深く舌が入り込み、大岡の口腔を掻き回す。自身の酒臭さを自覚する。アルコールの鋭く抉る匂いが鼻腔を通り抜けた。
「ん、ッふ、」
大岡を食べたい。齧りたい。舐めたい。泣いて縋って、己の手で汚したい。漠然とした欲望と両脚の間で渦巻く仄暗い甘さと苛烈な切なさ。2人を結んだ透明な糸が切れるのを恐れで大岡の健気な唇へ押し込む。熱っぽい眼差しが越前を離さない。艶めかしく口が動く。
「抱いて…ください…」
大岡の身体を湯舟の淵へ引き倒す。頭が痛い。下腹部の奥が甘く疼く。大岡は越前に臀部を晒して振り返った。肩越しに潤んだ妖しい瞳と目が合う。大岡は白い桃の割目へ指を這わせると背をしならせ奥へと進ませる。狭い粘膜の周りを指がくるくると円を描く。まるで舞いの誘いのようだった。湯が滴るそこへ越前は顔を寄せる。
「っぁ、はあッ、…、」
薄い色の蕾に舌を伸ばす。雌蕊を焦らしながら張り巡らされる無数の雄蕊を舌先でひとつひとつ辿るつもりだった。
「ぇ、ちぜ、…くっん、あぁ…ぁ…」
大岡の嬌声と目の前の淫靡な光景に越前の欲蛹は赤黒く育っている。
「も、だいじょ…ぶ、だから、ッ、ふ、ん、」
大岡の指がいきなり2本、滑らかに入っていく。
「ん…、きもち、……っ悪いです、か…?は、ぁっん…、」
第二関節が飲み込まれた。捲れた粘膜の慎ましやかな薄桃色に顔面から殴られたような錯覚に陥る。
「越前くんの…ぁ、こと考えて…毎日ああああっ!」
にゅぷんっ、じゅぷぷ…
「ああっ、だめ、気持い…ぃ……、」
簡単に越前の痛々しいほど熟れた先端が大岡の雌蕊へ吸い込まれていく。雄蕊たちが阻もうと越前を強く締め付ける。息が詰まる。距離感無くなり大岡の背に乗り上げ、胸に手を這わせる。夢の中で北条がやっていたように柔らかい突起を弄 る。容易に呑み込んだきつい粘膜がさらに越前を呑み込もうと襞が引き絞り、奥へ誘う。指の腹で押し込み、回す。こりこりした小さな感触に指が性感帯になってしまう。
「ぁん、ああ、えちぜ…く……んんッ、胸…あ、ぁっ」
湯が大岡の腿の裏へ叩き付けられた。
「なんですか?」
「きも、ち…から……ッだめ…ぇ、あ、あ、あ、」
腰を掴んで打ち付ける水の音と肌と肌とがぶつかる音。
「あん、あ、あっ、あぁ、えちぜ…ッくっ、きもち…ぁ!ぁ、やぁ、、」
「なんでこんな、大岡さん、すご…いです…ッ」
「はっ、ぁ、っおしりいじっちゃうの、んぁっ、おしりいじっちゃうからっ、ぁん、」
柔らかく粘膜に包み込まれ、きつい筋肉が根本付近を締め上げ、時折括れまで引き抜き、勢いよく奥へ突く。乳首を抓り指の腹で擦り潰す。くぽくぽ粘膜が越前のものを収縮に巻き込む。
「胸、切ないから…っ、いじっちゃ……ぁ、ああ、あんんっ、くぁ、」
「こっちも?」
大岡の下腹部の茎に手を伸ばす。わずかに黒みを帯びた肉色の棹。先端の大蕾を親指と人差し指で交互に裏側と表側を撫でる。すぐに膨らんでいく。薄紅色の長い茎へと変わる。
「や、だぁ、だめ…っおかしくなるから、おかしくなる、んぁ、ぃや、ぁっ!」
大岡の粘膜は要求に反して刺激をねだっている。
「イきそう?」
「イきそう…だから、待って、まだ、やだァ、……っ~んぁ」
まだイきたくないの?問いながら大岡の耳介を甘く噛む。大岡は何度も頷いた。
「分かった、やめます」
耳の裏を舐め上げる。茎を愛でるのをやめる。大岡が熱い息を吐いた。
「えちぜ、っく…ぁうっ…」
動きを止めると大岡は何度も越前の敏感なものを食い締める。肩で呼吸をしている。まるで白桃だ。噛み付きつたい衝動を抑える。
「大岡さん…っ」
「動いて…大丈夫です…っあぁっ、」
大岡の手が下腹部に回された越前の手に触れた。大岡の手が自身の猛った花茎を握った。
「大岡さ…っ」
「えちぜ…くんが感じてくれな、きゃ…、意味無い、からァっ…っ」
「俺はあなたと感じたい。…もう少しだけ、我慢して?」
大岡の項を舐める。白い肌に歯を立てた。他人の体温や感触を確かめ合うような動きはやめだ。お互いにお互いの身体で悦楽の絶頂を翔ける動きへと変わる。大岡の腰を引き寄せ、ラストスパートをかけた。肉のぶつかり合う音と叩かれた水の音が広過ぎる風呂場に響く。肌を打つ間隔が狭まった。
「中に、ほし…い…」
蚊の鳴くような声を越前は忙しない聴覚の中で拾った。都合の良い幻聴でも空耳でも良い。その言葉が一気に官能を高める。大岡の腰に指を立てる。
「大岡さん、大岡さん…ッ」
「ぁ、っ…、き、てくだ、さ…ぁあっ!ぁあああ、ああ…!」
深く深く貫く。形の良い白桃を潰してしまいそうだった。大岡の身体が引き攣って何度も震えた。体液を噴き出す脈動を大岡の内壁が包み込む。敏感になったそこを強く引き締め、入り口は痛いくらいに越前を惜しむ。大岡の前の半身を掴む大岡の手に越前は手を重ねる。お湯とは違う液体で濡れていた。上下する大岡の白い肩に歯を立てながら呼吸する。とうとう現実で一線を越えてしまった。
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