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「一年か」
挙動不審な藻武を見下ろしながら、先に口を開いたのは黒澤だった。
声まで格好いいなんてズルい〜、と悶えながら藻武は飛び跳ねる。
「はい…!一年です一年の藻武です!あの」
「リンチ平気?」
「僕っ……………リンチ?」
黒澤と言葉を交わしていることへの高揚感で心拍数を跳ね上がらせていた藻武の言葉を遮って、サラリと尋ねられたのは物騒な三文字。
リンチ、リンチと合計三回程呟いたあと、慌てて首を振る。
「全然平気じゃないです!僕そういう趣味は持ち合わせてなくて…」
「だろうね」
言葉をなくす藻武を一瞥し、黒澤は再び歩き出す。意味が分からない藻武ではあったが、このまま折角のチャンスを無駄にしていいの!?と心の中の藻武が声を荒げた。
――なにか…なにか渥先輩の気を引ける話題は…
「ぁ、あっ!渥先輩!僕っ…僕、実はΩなんです!」
そうそうソレソレ!と心の中の藻武が親指を立てる。αの相手にΩの自分。絶対に反応してくるはずだ、と。
「だから?」
しかし黒澤の反応は予想に反して、冷たいものだった。
分かりやすく感じ取れる嫌悪。瞬時に誤った選択をしたのだと藻武は顔色を青くする。
実は藻武。もっと少女漫画のように、顎をクイされるか壁にドンされるものだとばかり思っていた。
――え?え?なんで??このままなし崩しにベッドインするんじゃないの?僕、Ωだよ?渥先輩α…だよね?な、なんでそんな冷たい反応…
想定外の展開に滅法弱い少年である。
頭の中が真っ白になっていた藻武が次にハッと我にかえった時には、目の前にいたはずの黒澤は何故か冴えない寺川に変わっていた。
「……てっちゃん?」
「お前聞かずに行くんだもん。あの人Ω嫌いなんだよ」
「…うそ」
「嘘じゃないです。クラスの奴が話してるの聞いた。結構有名な話みたいだけど」
「αなのに、Ωが嫌いって…そんな…」
「あと黒澤先輩と喋るときって、周りが勝手に決めてるんだけど色々ルール?みたいなのがあるんだってよ。今は誰も居なかったからいいけど、ソレ破った奴がΩとかだとマジでヤバイらしい…だからまあ、藻武が悪いとかじゃなくて…」
「あ!だから僕の魅力に気付かなかったんだ!なーんだ。そっか!それなら超納得」
「……そうくる?」
「それにそのルール!最初は意味分かんなかったけど、さっきの僕がリンチされないように忠告してくれたんでしょ!きっと!やっぱ僕が可愛いから守ってあげなきゃって思ったのかな?」
「それは知らんけど」
「でもちょっと思ったんだよね。渥先輩ってさ、エッチの時とかも言葉キツそうじゃない?ドSっていうか〜、僕ドSな感じよりワイルド系か真逆の優しい感じが好きだからさ?やっぱ渥先輩はやめて次行くことにする!」
「やめてっていうかアレは完全にお前の方が」
「ていうかてっちゃん何?つけてきたの?ストーカーじゃん。やばい奴じゃん」
「……」
「まあそんな将来が心配なてっちゃんは置いといて、ワイルド系な人は、っと……あ!」
寺川の「今度は誰だよ」をもちろん最後まで聞くことはなく、藻武はスキップしながら再び校舎へと戻っていった。
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