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ドスの効いた低音に、藻武の小さな体がビクッと跳ねた。黒澤の時とは違う純粋な恐怖に、今度こそ固まってしまう。 しつこくし過ぎたか。機嫌を損ねたであろう光田が近寄ってくる。 藻武は何とかズリズリと後退りを試みたが、足の長さの違いだろうか。光田の接近の方が少し早かった。 「あっ」 ――ふあ〜〜…いいにおい!たまんない。この腕に抱かれたら僕絶対幸せになれるのに。ううん、今度こそこのまま… 至近距離で見上げた体躯の良さと、藻武にとっては極上の香りに生唾を飲み込む。 しかし天国にいられたのは一瞬だけだった。 「…お前Ω?しかもヒート前だろ」 「はっ、はい!三日後に予定してます!」 実は彼、藻武は発情期スタートの年齢が早く、周期もズレない為次回がいつから始まるかなど把握できるようになっていた。 いつもなら抑制剤で早めに匂いを消すようにしていたのだが、今回は話が別なのでわざと飲んでいない。 玉の輿の為なら利用できるものはとことん利用する。それは己の体も例外ではない。 光田は藻武の匂いを嗅ぐような動作を見せたあと、さらに眉間の皺を深くした。 「くせえ」 「!!!?!?」 「佳威。そういうことを本人に向かっていうのはどうかと思うけど」 「うっせーな。仕方ねえだろ、こいつしつこそうだし、変に期待させんのも悪ぃだろーが」 「ものは言いようだよね」 「ああ?お前どっちの味方してんだ」 「よしもう行こう!ごめん藻…武くんだったっけ。話途中かも知んないけど俺腹減っちゃってさ。佳威連れてくな?」 突然険悪な雰囲気になりかけた二人の背中を、てっちゃんと同じくらい並レベルだと失礼極まりないことを思った一人が、慌てた様子で押し出した。 「あー駄目だ。ダイレクトにきた。睦人、横に来ねえ?」 「駄目だよ。こいつのやること分かってるよね?」 「よーく分かってる!いいから前向いてくれ」 なんのことやらさっぱりな藻武の存在は光田の中からあっという間に消えてしまったようだった。 唯一の救いといえば去り際に、背中を押していた一人だけが再度「ごめんな」と謝ってくれたことだろうか。 一人取り残された藻武は、今まで可愛い可愛いとチヤホヤされてきたプライドがピシ、ピシと大きくヒビ割れる音を聞いていた。 ――…なんなの?佳威先輩といい渥先輩といい…そんなにΩに興味ないわけ? 今の僕のフェロモン、だいぶ濃くなってる気がしてたのに…絶対僕の香りに充てられると思ったのに…!! Ωは強いαの個体に出会うと、無意識にフェロモンが濃くなることがあると聞く。 間違いなく今がその状態だったのだ。 「…てっちゃん。もう意味分かんない」 今度は後ろに立つ気配で分かった。 「光田先輩はΩのフェロモンに好き嫌いがあるんだと。なんでお前はこうも特異体質のαんとこばっか行くかなあ」

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