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第八章 6

 涼正は放心したようにソファに身を投げ出していた。  指を熱く締め付ける後孔から引き抜くと惜しむかのようにヒクリとそこが震えた。  白濁の散った素肌を、中途半端に晒された下肢を室内でも冷たい冬の空気が撫でていく。  小刻みに胸を上下させ室内灯の青白い明かりをボンヤリと見詰めていると、しだいに熱に浮かされていた涼正の頭が冷めてくる。  ――なんて、ことを……)。  罪悪感が一気に込み上げてきて、涼正は蕩けさせていた顔に苦々しい表情を浮かべた。  ただ体の中で燻る熱を吐き出す事が目的であったのに、自慰の最中涼正が思い浮かべていたのは鷹斗と政臣の事だった。  もう一度、あの腕に、身体に抱かれたいと。そう思ってしまった。  甘い余韻に浸っていた涼正の身体が急速に冷めていく。  涼正は苦い気持ちのまま、膝辺りまで落としたズボンと下着を引き上げ精液でぬるつく部分や手を事務的にティッシュで拭うとクシャクシャに丸めて、それをゴミ箱の中に放った。  ――こんな気持ちは間違っている。  そう思うのに、離れてからというもの涼正が考えるのは政臣と鷹斗のことばかり。  ――今頃、何をしているんだろうか?  ――不自由な思いはしていないだろうか?  ――自分の事を、少しでも思い出してくれているだろうか?  そんなことばかりを考えてしまうのだ。  ――重症、だな……。  涼正は自嘲するように笑う。  思いを断ち切るために離れたというのに、離れる程に二人の事を思ってしまう。  勝手に距離を置いた自分のことを嫌われても仕方がないと思っているのに、いざ嫌われたところを想像すると恐怖で足元が崩れていく気がする。  幸せになって欲しいと、そう思うのに。自分ではなく女性と仲睦まじくしている二人の姿を考えただけで嫉妬で胸が焦げ付き、暗鬱とした思いが涼正を覆った。  こんな涼正を二人が見たら、どう思うだろうか?  ――嫌われるだろうな……いや、もう嫌われているのかもな……。  涼正がそう思うのには理由があった。  何時もは頻繁に届いていた二人からのメールや電話が、涼正が家から出た日を境にピタリと止んでいる。 ――きっと、愛想を尽かされたんだな……。  後ろ向きな気持ちばかりが涼正の心を占めていて、中々浮上する事が出来ない。  涼正はソファがらのそりと起き上がり、事務机に向かい椅子へと腰掛けた。ほんの一寸前まで感じていた眠気はすでに吹き飛び、今は何をしたって眠れそうにない。それならば、何もせず時間を無駄にするよりは事務仕事でもこなしていようと思ったからだ。  ――……あ、……忘れないうちに、メモ書いておかないとな。  束になって置かれたメモ用紙の一番上を千切ると、涼正は卓上にあったペンでスラスラと書き付けた。  紙の上に踊るのは、右上がりの少し癖のある文字。“十二月×日に、××通りの白色の高層マンション最上階。四條”と簡潔に要件だけを書いたものだ。  ××通りはここから街中に車を二十分程走らせた所にあり、大きな高層ビルや高層マンションの建ち並ぶ場所であったはずだ。  メモを机の端に。それも出来るだけ自分以外の目に入りにくい位置に置くと、涼正は事務をし始めた。  結局、涼正は夜が明けるまで作業に没頭していた。  

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