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第八章 10

「ねぇ、涼正君。……君は分かっているのかい? 君のせいで二人の将来性を潰してしまうかもしれないと」  そう切り出した四條の声は、内容にそぐわぬ甘さを持っていた。聞きたくないのに、涼正の外耳を擽りドロリと鼓膜に染み入っていく。 「認知されてきているとはいえ、この国はまだ同性愛者には寛容ではない。きっと君が二人を愛していることを知られたら理解のない人間達からは白い目で見られるだろうね。況してや、君達は親子だ……その先は言わずとも想像がつくだろう?」  四條に言われずとも、涼正は今までに幾度となくも想像した。その度に、自分だけは自身の気持ちに素直になってはいけないと、蓋をして政臣と鷹斗から逃げ続けていたのだから。  涼正は唇を一度噛み締めると、キッと四條を真っ正面から睨み付けた。迫力がないのは自分でも分かっていたが、四條に負けたままでいたくなかったのだ。 「っ、そんなのは分かって――――」  “だから、余計な世話だ”そう涼正が言い切る前に、意地の悪い笑みを唇に乗せた四條が遮った。 「本当に分かっていると言えるのかい? 人間というのは異常を嫌い排除する傾向にある。人が集まり、集団になればなるほどそれはより顕著だ」  聞くことはない、そう思っているのに。四條は、巧みに涼正の胸の中で小さな棘となって残っている不安を揺さぶる。そうして傷口を広げ、そこへ塩を塗りたくるかのように追い詰めていくのだ。  決められていたかのような完璧な間の取り方も、涼正の不安を煽った。トン、と四條の指先がテーブルを叩く音に続くように四條は話し始めた。 「私が言いたいのは、君だけが白い目を向けられるのではなく、君の家族で想い人である二人にも世間の白い目は向けられるのだよ。そのせいで、政臣君の仕事の依頼が減るかもしれないと。鷹斗君の仕事に迷惑がかかるかもしれないと、君は考えたことがあるのかな? 君が思っている以上に風評は大事だよ」  四條のその言葉は深く、鋭く涼正の胸に突き刺さった。  何か。何か言わなければと思うのに、喉の奥で重苦しい塊が気道を塞いでいるかのように声が出ない。それにまた焦り口を開くのだが、涼正の喉から絞り出されたのは微かなうめき声だけだった。  四條は勝ち誇ったような笑みを涼正に見せつけながら、勝利の美酒を飲み干すと艶やかに濡れた唇を開いた。 「これで、わかって貰えたかな? あの二人には未来がある。それも輝かしい未来だ。君が縛り付けていいような存在ではない」  そう言い切られ、涼正はショックを受けるより先に怒りを覚えていた。  二人を縛り付けてはいけないことなど涼正自身、誰よりもよくわかっている。それを何故他人に、しかも二人を引き取るためと涼正に薬を盛ったりするような人物に言われなければならないのだろうか。  沸々と腹の底から込み上げる怒りが、四條の言葉による呪縛から涼正を解き放っていた。  怒りに任せて、ダンッと両掌でテーブルを打ち付けるようにして立ち上がる。ガタタッ、と椅子が大きな音を立てたことも気に留めず、そのまま感情をぶつけるように涼正は叫んでいた。 「っ、だからと言ってアンタが縛り付けていい理由にはならない筈だ!! 俺は父親としても二人の意思を尊重して――」  プツリ、と涼正の言葉が途切れる。その目の前では、笑いを噛み殺すように口許を掌で覆う四條の姿があった。しかし、完全に笑いを堪えているかと言われればそうでもなく、服の上からでもわかる逞しい肩が上下に揺れている。 「……何が可笑しいんだ」  怒りが滲む低い声で涼正がそう尋ねたにも関わらず、四條はまだ笑っていた。クスクス、と耳につくような嫌な笑いが暫く部屋に響き、涼正が話にならないと踵を返し玄関へ向かおうとした時だ。 「いや、失礼。しかし君は本当に何も知らないのだな、と可笑しくなってしまってね」 「何も……知らない?」  四條の意味のわからない言葉に涼正は足を止めてしまっていた。  ――一体自分が何を知らないというのだろうか?  四條の馬鹿にしたような声が、涼正の神経を逆撫でる。だというのに。涼正は四條の言葉を戯言だと捨てきれず、その裏を探ってしまっていた。

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