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第八章 12
気づけば、涼正を戒める四條の手から力が抜けている。今ならば、四條を突き飛ばすなりなんなりして逃れることができるのに涼正は動けない。いや、動こうとしない。
次第に近づいてくる四條の男らしい精悍な顔立ちを、ぼんやりと見つめていた。
少しだけ。少しだけ我慢すれば、透子の血液型とやらを知ることができる。
それがどう自分たちに関わってくるのかはまだ見えていないが、今ここで知っておかなければならない気がしていた。
ゆっくりと、四條の顔が迫る。
「いい子だ……」
唇が触れ合う直前、四條がそう囁いた。
温かく湿った感触が唇を通して涼正に伝わる。政臣とも鷹斗とも全く違う感触に、気持ちの悪さが涼正の胸の中で渦巻いた。
顔を逸らそうにも顎を四條の指にがっちりと掴まれていて、動かすことも叶わない。そうこうしている内にぬるりと滑った物が涼正の唇を割り、口内に侵入を果たした。見なくてもこの感覚には覚えがある。四條の舌だ。
「……ん、いや……はっ……ぁ……」
ぬるぬると、まるでそれ自体が生き物であるかのように口内を行き来する舌に、涼正はくぐもった声を上げた。
逃げる涼正の舌を強引に絡めとり吸い上げ、口腔の粘膜を舌先でなぶることを何度か繰り返すと、四條の唇はあっさりと離れていった。
解放された涼正はふらつく足で四條を押しのけた。
唇がまだ熱を持っているかのように熱く、痺れている。その感覚を早く消し去りたくて、涼正は手で何度も乱暴に擦った。
「そんなに嫌わなくてもいいじゃないか。私は涼正君のことは嫌いじゃないよ。なんなら、君を私の恋人にしてあげたっていい。どうだい、名案だろう? 君は二人と離れなくて済むし、私は私で目的を果たせる。一石二鳥だ」
一方的なキスにより呼吸を乱されていなければ、涼正は「ふざけるな!!」と四條を罵っていたかもしれない。
唇に残る違和感に眉を寄せながら、涼正は口を開いた。
「……っ……透子さん、の……血液型……」
そのために、嫌な相手とキスまでしたのだ。早く教えろとばかりに、きつい眼差しで四條を見据えると彼はやれやれといったふうに肩を竦める。
「あぁ、教える約束だったね。……透子の血液型は……」
そう口にしながら、近づく四條に涼正の体が強張る。
耳朶をくすぐる吐息。潜められた声が、鼓膜に染み入る。しかし、そこで四條から告げられた言葉は、簡単には受け入れがたい内容だった。
「え……嘘、だろう? だって……俺は……」
信じたくない。いや、信じられるはずがない。
涼正の呟きには、そんな色が浮かんでいた。
どう受け止めてよいのかわからず、涼正はただ茫然と立ち尽くす。
「これで分かってもらえたかな?」
四條の勝ち誇ったような声も、今はどこか遠い。
自分は、一体どうすればよいのだろうか?
こんなことならば聞かなければ良かった、と自身の迂闊さを呪っている時だ――――
「涼正!!」
「大丈夫か!?」
唐突に開けられた玄関の扉から、必死の形相の二人が室内に雪崩れ込むようにして入ってきたのだ。
「政臣、鷹斗!?」
本来この場に居るはずのない二人の姿に驚く涼正だったが、それは四條も同じらしい。見開かれた瞳が、それを物語っていた。
「っ、これは……、いったいどうやって開けたのかな? 扉には鍵がかかっていただろう?」
我に返った四條が不可解だとでも言いたげな表情で二人を見つめた後、扉を指さした。確かに、あの扉はカードキーがなければ開かないはずだ。
しかし、そのカードキーは四條が持っている。ならば、どうやって扉を開けたというのだろうか。
疑問に思い扉を見つめていると二人に隠れるようにして、一人の男が室内を不安そうな表情で覗いていた。
すらりとした肢体に神経質そうな細面が、今は翳っている。
涼正は見覚えがなかったが、四條は違ったらしい。舌打ちでもしたげな表情を浮かべ、その人物を睨んでいた。
「下でアンタのところのマネージャーにばったり合って、アンタをを止めてくれって言って渡されたんだよ」
そう鷹斗が言うと、鷹斗達の背後にいた男が恐る恐るといった風に一歩進み出る。彼が、四條のマネージャーなのだろう。
彼に気を取られていると、グイッと腕を引かれた。
「涼正、こっちだ」
「……あ、あぁ」
四條を警戒しての事なのか、引き剥がすようにして鷹斗に抱きしめられた。
離れなければと思うのに、二人の顔を見て安心したこともあってどうにも離れがたい。幸い、と言っていいかはわからないが、四條の意識がこちらに向いていないのが救いだろう。
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