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第八章 16

「涼正」 「すっげぇ、心配した」  エレベーターに乗り込むなり、涼正は左右から政臣と鷹斗に抱き締められた。  部屋を出て廊下を歩いている間無言だと思っていたが、どうやら我慢していたらしい。  ぎゅうぎゅうと、それこそ隙間がないほどに抱き締められ息が詰まる。 「政臣も鷹斗も、苦しいって」  押しのけようとした涼正だったが、その手はいとも簡単に二人に押さえ込まれてしまった。 「心配かけたんだ、このくらい我慢しろよな」 「悪いと思うなら黙って抱きしめられていろ」    左右から文句をいわれてしまえば、その通りなので反論も出来ない。結局、動けない涼正は二人の腕の中で大人しくすることにした。 「なあ、どうして俺がここに居るって分かったんだ?」  エレベーターが下降していく中、手持無沙汰な涼正は気になっていた問いを二人にぶつけた。  涼正は二人に電話こそしたが、この場所に来るなど一言も告げていなかった。  では、何故二人はここに辿り着くことが出来たのだろうか? 「涼正は俺達に電話しただろう?」 「ああ。でも、出なくて……」  政臣に言われ、涼正は頷いた。確かに、ここに来る前に一度家に電話している。      しかし、それが一体どう関係するというのか?  涼正がまだわからないといった表情で頭を傾げていると、鷹斗が続きを引き継いだ。 「出なかったのは、まあ色々あったんだよ。で、話を戻すと……涼正の居場所が分かったのはこれのお蔭」  そう言って、鷹斗がジーンズの後ろポケットを漁り取り出したのは一枚の紙切れだった。  ヒラヒラと何の変哲もない紙切れの中央には、見覚えのある右肩上がりの癖字が踊っている。書かれているのは、紛れもなくここの住所と今日の日付だ。 「あ……」  涼正の口から、小さな声が上がる。紛れもなく、そのメモを書いたのは涼正自身だった。    しかし、あれはひまわり園の園長室の机の上に置いてきたはずだ。  それが一体何故、鷹斗の手の中にあるのだろうか? 「それって、もしかして机の上に置いてなかったか?」  湧きあがる疑問に涼正が首を傾げると、鷹斗が得意げに笑って口を開いた。     「ああ。隠すように置いてあったから怪しいと思ってさ。そしたら、ビンゴ」  ヒラヒラと、涼正の目の前でメモが揺らされる。視界の中で揺れ動くそれに気を取られながら、涼正は新たに浮かんだ疑問を口にしていた。 「でも、どうしてメモがあると思ったんだ?」  普通ならば、メモよりもカレンダーや手帳にそういった予定を書き込む人が多いだろう。しかし、涼正は紛失の可能性や人に見られる可能性を考えて手軽に書き、捨てることのできるメモを重用していた。  けれども、このことは政臣と鷹斗に話したことは一度もない。  ならば、何故鷹斗は涼正がメモを残していると分かったのだろうか?  益々訳が分からない涼正は、二人の腕の中で眉間に深い皺を刻んでいた。   余程深刻そうに悩んでいた涼正の顔が、面白かったのかもしれない。涼正の耳元に近い場所で、クスクスと笑う鷹斗の声がする。  こっちは真剣に考えているのに。とでも言いたげに、不満を露わにした涼正が鷹斗を睨みつけると、ようやく鷹斗もネタばらしをする気になったらしい。  からかうように細められていた鷹斗の双眸に、理知的な色味が宿ったのを涼正は見逃さなかった。 「涼正はさ、必ず約束があるとそれを紙に書いて目に見える範囲に置いておく癖があるんだ。で、家に帰ってないなら当然行くところは限られているし、そういったものを置くとしたら爺さんの家か仕事場くらいしかないだろう?」  涼正は驚いたとばかりにあんぐりと口を開け、鷹斗の顔を見た。  鷹斗が言った通りだったからというのもあるが、普段自分が何気なくしている行動までつぶさに観察されていたことの方に驚いていた。 「けど、爺さんの家にあんたが帰ってるならとっくに爺さんが連絡して兄貴と俺に迎えに来させるだろうし。んで残ったのがひまわり園だったってわけ」  自分の推理を一頻り話し終えた鷹斗が、フッと息をつくと涼正の首筋に顔を埋めてきた。そうして、匂いを嗅ぐように鼻を鳴らされる。 「正直、涼正に会えなくて死にそうだった……」  先程とは打って変った弱弱しい鷹斗の呟きに、涼正の心臓がぎゅうっと引き絞られたように痛む。  振り向いて、「俺も会えなくて寂しかった」と告げたのならば、二人はどんな顔をするのだろうか。  喜んでくれるだろうか?  恐る恐る、振り向こうとした涼正の行動は政臣が鷹斗と同じように抱きついてきたことで止められてしまった。  硬質な髪の毛が首筋に当たりくすぐったさを感じるよりも、二人の息遣いを近くに感じ熱が顔に集まってくる。  今、自分はものすごく赤い顔をしているに違いない。

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