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第八章 17

 二人は背後に居るのだから赤くなった顔を見られるわけがないと思うのだが、なんとなく視線が下を向いてしまう。  早く一階に着いてほしいような。このまま時間が止まってほしいような。そんな矛盾した二つの気持ちが涼正の胸の中でぐるぐると渦巻いている。  気持ちが、ソワソワと落ち着かない。  さっきまでの興奮が残っているのだろうか?  それとも、気持ちを認めたうえで二人と一緒に居るからだろうか?  静寂の中で、耳元で聞こえる二人の吐息がやけに大きく聞こえる。 「悪かった……。ただ、俺達の事を真剣に考えて欲しくて……あんたを追い詰める気はなかった」  ポツリと、政臣がそう溢した。  その時のことを思い出しているのか、政臣の声には後悔するような苦々しさが滲んでいた。  真面目な性格の政臣の事だ。きっと涼正が家を出っていったことを、自分の責任だと感じていたのかもしれない。  それを裏付けるかのように、涼正を抱きしめる政臣の腕が震えていた。  こんなにも二人に想われていたのに、傍に居る時はそれに気づくことが出来なかった。  離れてみて初めて自分の気持ちに正直になれたことを考えれば、涼正自身がとった行動は間違いではなかったと思う。が、こんなにも二人を心配させてしまったところを考えると、他の方法を模索するべきだったのだろう。  今になって、涼正はそんな後悔をしていた。 「本当にごめん……」  だからだろうか、気が付くと涼正の口からは謝罪が零れていた。  首と肩に回された二人の腕を自身の手で優しく擦りながら、涼正はもう一度口を開いた。 「本当にごめん。沢山心配かけて……。でも、ちゃんと答えがでたから」  決意を秘めた声で告げると、二人が同時に顔を上げる気配がした。  こうして改めて自身の気持ちを口にするのは、勇気がいる。飛び出てしまうのではと心配になる程脈打つ心臓の音が、涼正には酷く煩わしく感じられた。 「……俺、政臣と鷹斗の事が……好きだ」  涼正がそう言い終えたのをまるで見計らっていたように、エレベーターが一階を指し示して止まった。  チン、と軽やかな音を立て扉が開いていく。  赤くなった顔を見られたくない一心で二人の腕を振りほどき降りようとした涼正だったが、二人の腕はビクともせず、涼正の目の前でエレベーターの扉がゆっくりと閉じていった。  一階にとどまったままのエレベーターの中で、涼正は二人にきつく抱きしめられていた。  密室といってもそれは一時的なもので、誰かがボタンを押してしまえば見られてしまうかもしれないのに。そう思うのに、涼正はこの腕の中から出るのを惜しいと感じてしまっている。  政臣と鷹斗の匂いに包まれ、心が満たされていく。 「涼正……本当なんだな?」  恐る恐るといったふうに問いかけてくる政臣に涼正は本当だよ、と頷いた。 「これで嘘とか言われたら、俺立ち直れねぇからな……」 「嘘なんて言うわけないだろう。本当に悩んだんだからな」 「わかってるって」   冗談でこんなこと言うものか、と口を尖らせる涼正の頬に柔らかい感触が触れた。  しっとりとしたそれが、チュッと軽い音を立てて離れていく。 「なっ……!?」  キスされたのだと遅れて気が付いた涼正が顔を赤く染め、鷹斗の唇が触れた部分を手で押さえた。 「真っ赤になってて美味そうだったから、つい、な?」  悪びれた様子もなく、そう言う鷹斗の声は弾んでいて嬉しそうだった。  だから、涼正は何も言えず赤くなった顔を隠すように俯かせるのだが、今度は鷹斗とは反対側から「二人だけでいちゃつくな」と政臣にしては珍しくすねたような声が聞こえ視線を上げた。 「今まで我慢してきたんだ、これくらいはさせろ」  声を上げる間もなく距離を詰められ、涼正の唇に政臣のそれが重なりあう。熱い粘膜と粘膜が触れ合う感覚に、ゾワリと涼正の背を快感の兆しが走り抜けた。

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