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第八章 19
「涼正、笑ってる場合じゃなく本当に酷い状態なんだぞ?」
にやけていたところを見られてしまっていたらしく、政臣に眉を顰められてしまった涼正は慌てて表情を取り繕った。
「ご、ごめん。帰ったら片づけるの手伝うよ」
そう口にすると、ようやく政臣の表情に安堵が浮かんだ。
さっきまでの甘い雰囲気は吹き飛んでしまったが、自分にはやはりこちらの方が似合いなのだろう。
涼正がひっそりと微笑んでいると、鷹斗に掴まれていた腕をグイと引かれた。
「俺、片付けより先に涼正とヤりたいんだけど」
「なっ、た、鷹斗!!」
真っ赤になった顔で、涼正は鷹斗の口をふさいだ。
塞がれた本人はと言うと、不機嫌そうな瞳で涼正を睨んでいる。が、これぐらいしたって罰はあたらないだろう、と涼正は思う。
隠すことなく直球的な物言いは鷹斗らしいのだが、人通りがある場所では出来るだけ控えてもらいたい。
今のだって、人通りがなかったからいいものの。もし誰かに聞かれでもしたら恥ずかしさでしばらく浮上できないだろうことが、容易に想像できてしまった。
――我ながら臆病だとは思うけど……。
恋することから長らく遠のいていたことを考えると、臆病になってしまうのは仕方のないことかもしれない。
一人苦笑いを浮かべる涼正の手を無理矢理引きはがすと、鷹斗は不機嫌そうなまま口を開いた。
「折角両想いになったってのに片付けなんてやってられるかよ」
そう吐き捨てた言葉に、政臣の片眉がピクリと跳ね上がるのが涼正の視界に映った。
――これは、マズいかもしれない。
危ぶむ涼正の目の前で、すうっと政臣の怜悧な瞳が細められる。ピリピリとした雰囲気から、彼が相当に怒っていることが分かって背筋が冷える。
「鷹斗、お前がそれを言うな。大体、お前があんな風に汚したから目も当てられないような状況になったんだろうが」
兄の怒りにも臆した様子などない鷹斗が政臣に見せつけるように涼正を抱き寄せるものだから、涼正は内心狼狽えていた。
もう、恥ずかしいやら、恐ろしいやらで訳が分からない。しかし、このまま兄弟喧嘩を続けさせるわけにもいかないだろう。
「俺は俺なりに片付けようとしただけだっての。つーか、兄貴だけ片付けに帰ればいいだろ。涼正は俺がちゃんと面倒見とくからさ」
「今まで大概の事には目を瞑ってきたがもう我慢がならん。ふざけるなよ。何で俺がお前の分まで一人で片づけなければならないんだ。大体お前は――」
「ま、まあまあ、二人とも落ちつけって」
ヒートアップする口論を涼正はやんわりと遮ると、空いていた片手で政臣の手を握った。せっかく自身の気持ちを伝えられた喜ばしい日に、ケンカなどしてほしくなかった。
それが政臣と鷹斗にも伝わったのだろう。
まだどことなく納得はいっていないといった表情だがとりあえずは怒りを治めてくれた二人に、涼正はホッと息を吐き出した。
しかし、家に帰って待っているのが掃除だとは気が重い。
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