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終章 堕ちたその先 1
「えっと……、どうしたら……」
涼正は、今情けなく眉を八の字に寄せながらキングサイズのベッドが置かれた室内の隅に立ち尽くしていた。
あの後、家に戻る事もなくホテルへと直行しようということになったのはいいが、そこでまた鷹斗と政臣との言い争いになった。
鷹斗がアメニティが充実したラブホテルを知っているからとそこへ向かおうとするのを政臣が止めたことが発端だ。
「じゃあ、兄貴はどこかいいとこ知ってんのかよ」
「ラブホは涼正には人の目が気になるだろうから普通のホテルにしておけ」
すっかりと機嫌を損ねてしまったらしい鷹斗が不満そうな表情で政臣に突っかかるのに対して、政臣は淡々と意見を口にする。
しかし、鷹斗としてはそこがまた気に食わないらしい。
「人目なんて別にどうでもいいだろ? やっぱりそれなりに道具がそろってるとこの方がいいって」
「お前が良くても、涼正が良くなければ意味がないだろうが」
「……チッ、わかったよ……」
その一言には鷹斗も感じるところがあったらしく、舌打ち交じりに苦虫を噛み潰したような表情で渋々頷いていた。
そうして連れられてきたのが普通のホテルとはまた違い、所謂“高級”が付くホテルだったのには涼正も目を剥いて驚いたのだが。
何でも、ホテルのオーナーが政臣のクライアントだったらしく。飛び込みであったにも関わらず、快く空いている一室に一泊宿泊させてもらえることとなった。
慣れた様子でチェックインを済ませる政臣の姿に見惚れる間もなく、係の者に案内されてたどり着いたのはホテルの最上階。所謂スイートルームと呼ばれる部屋で、涼正はその内装の豪華さに又もや居心地の悪さを感じた。
そして、今に至る。
政臣はオーナーに挨拶をしてくると言って部屋を出ていってしまったから、今この部屋には鷹斗と涼正の二人きり。
スイートルームと呼ばれるのだから、部屋には華美なアンティーク家具や大きな液晶テレビ、四條の部屋にも負けぬほどのガラス張りの窓から見える美しい夜景があるというのに。
この部屋に入ってからというもの涼正の意識は大きな、それこそ三人で横になっても十分に寛げるサイズのベッドに釘づけになっていた。
目を逸らそうとするのだが、存在感があり過ぎるのかどうにも気になってしまう。
「涼正、そんな隅に居ないでこっちに来いって」
鷹斗が一足早くベッドの上で寛ぎながら手招きするのだが、涼正はぶんぶんと勢いよく頭を振った。
「お、俺、先に風呂に入ってくるよ!!」
そう口にすると鷹斗の返事を聞く前に涼正は飛び込むようにして浴室の扉を開けていた。
扉を閉めると、途端に涼正の唇からハアと大きなため息が零れた。
別に二人に抱かれるのが嫌になったわけではない。ただ、なんとなく浴室に続く脱衣所で一人になった今になって四條のあの言葉を思い出し、気にしてしまっていた。
四條の言葉が本当であるならば、今までの涼正と政臣たちの関係が全て変わってしまうように思えて恐ろしくて堪らない。
きっと、自分を追い詰めたかった四條の嘘に違いない。涼正はそう自分に言い聞かせると衣服に手をかけ脱ぎ始めた。
パサッ、と乾いた音と共に丸まった衣類が床に落ちていき、一糸纏わぬ姿になると浴室へと足を進める。
白を基調としたタイルに、涼正が両足を伸ばしたままゆったりと浸かれる大きなバスタブの上には白熱灯の温かみのある光が揺れていた。
家とは違い広々とした浴室に柄にもないが涼正は心が踊るのを感じた。
やはりここもアンティーク調で統一しているのか、銅褐色の味のある蛇口を涼正が捻るとシャワーヘッドから適温の湯が降り注いででくる。
「本当に今日は色々なことがあったな……」
涼正の疲れの滲む呟きがシャワーの音にかき消され、排水口へと湯と共に流れていく。
一時期は、二人と離れようとも考えていたというのに。
今は、こうして自身の気持ちを伝えた上で二人に抱かれたいと思っているとは少し前の自分だったならば考えられなかっただろう。
――本当に何が起きるかわからないよな……。
そう涼正が一人苦笑いを浮かべている時だった。
「涼正、身体洗ってやるよ」
唐突に浴室の扉が開けられたと思いきや、そこに立っていたのは涼正と同じく一糸纏わぬ鷹斗の姿だった。
「鷹斗、扉はもう少し静かに開け」
そして、その後ろからさも当然といったふうに現れた政臣も同じく裸体で。涼正の目の前で惜しげもなくその肉体美を晒している。
「い、いい。自分で洗える!!」
涼正は二人にサッと背中を向けるとそう断った。
前に一度涼正が抱かれた時は二人とも服を着たままだったからこうして明かりの下で裸を見るのは初めての事で、恥ずかしさで顔に熱が集まってくる。
頭では同性の裸だと分かっているのに、胸が痛いほどに脈打ち直視が出来ない。
涼正は早く浴室から出ていってほしいと願っていたのだが、簡単に引き下がる二人ではなかった。
あっという間に距離を詰められ、熱い掌で肩を掴まれた涼正は二人の方を向かせられていた。
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