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終章 11
一時間後。
涼正は時間通りに訪れた輝幸と共にぐるりとひまわり園内を巡ると、今は園長室の応接用テーブルを挟む形で二人向かい合っていた。
白髪の短く刈り込んだ髪に、優しげな顔立ちに日溜まりのような温かな笑みを浮かべソファに腰掛けていた輝幸が嬉しそうに涼正に話し掛ける。
「元気そうでやってるじゃないか。仕事は楽しんでるか?」
「義父 さん、わかってて訊いてるだろ? 仕事は楽しいよ。天職だと思ってるって」
「そうか、それはなによりだ」
大仰に頷く輝幸に自然と涼正から笑みが溢れていた。
半年程会っていなかったために先程会った時、涼正は輝幸に老いを感じたのだが。こういう部分はちっとも変わっていない。
昔から輝幸は気さくな人で、涼正の記憶の中の若い輝幸もいつも耐えず笑みを浮かべていた。
あの頃の輝幸の姿は涼正の憧れで、ああなりたいと常に思っていたことを思い出していた。
「ところで、急に来るなんてどうしたんだよ? 別に俺は電話でもよかったんだけど」
涼正がそう切り出すと、輝幸が年不相応に頬を膨らませ文句を口にする。
「なんだ、息子の顔を見たいと思っちゃいけないのか?」
「そんなこと言ってないって。ただ、義父さんにしては珍しく強引だったから」
電話口に押し切られた時のことを思い出してか、涼正の顔には苦笑いが浮かんでいた。
いつもは、おっとりとしているだけにその時の押しの強さに涼正は驚いたものだ。
だからこそ、輝幸をそうさせるだけの理由があるのだろうと踏んでいたのだが。
涼正は探るように輝幸の黒の澄んだ双眸を見つめる。
やがて、三分ほど経った頃だろうか。
輝幸は膝の上で手を組むと、重たい口をゆっくりと開いた。
「……涼正、お前この間透子さんの事を尋ねてきただろう?」
「うん、少し気になる事があったから……」
「そうか。……なぁ、涼正。俺とお前は血こそ繋がっていないが、俺はお前のことを本当の息子だと思ってる」
改まって告げられる輝幸の本心と真剣な口調に、涼正はたじろぐ。
「い、いきなりどうしたんだよ義父さん」
困惑を隠せぬまま涼正がそう尋ねても、輝幸は表情を和らげてはくれなかった。
「本当はな、お前が透子さんのことを尋ねてくるまでこの事を知らせるつもりはなかったんだ」
「? 一体、なんの事――」
「……これを」
涼正の言葉を遮るように、輝幸が懐から取り出したのは色褪せた茶封筒だった。
それを、涼正の方へと差し出してくるものだから涼正は特に深く考えずに受け取ったのだが。
「手紙? 一体誰――っ!?」
宛名を確認しようとひっくり返した所で涼正の動きが凍り付いた。
「と、義父さん、これって……」
涼正の声が震える。
茶封筒の左下端にひっそりとかかれていたのは、政臣と鷹斗の母。透子の名前だったからだ。
思いもよらぬ人からの手紙に頭がうまく働かない。
涼正は呆然とした表情で手の中のそれを見詰めた。
「……その手紙な、本当は10年以上前から持っていたんだ。ただ、内容が内容なだけにずっとお前に渡すべきか迷ってた」
手紙を前にして封を開けることもしない涼正に輝幸がポツリと呟きを溢した。
涼正が目の前の輝幸を見ると、今でも迷っているような、そんな表情を浮かべていた。
迷うくらいならば、なぜ渡したのだろうか。
「……なんで、今になって渡そうと思ったんだよ?」
訳がわからない怒りが涼正の腹の底から沸々と込み上げ、気が付けば八つ当たりじみた言葉をぶつけてしまっていた。
別に輝幸が悪いわけではないとわかっていたのに、八つ当たりをするのを止められなかった。
涼正はバツの悪さに顔を歪ませる。
けれでも、そんな涼正を輝幸は怒ることなく慈愛に満ちた瞳で見詰めていた。
「……今になって渡そうと思ったのは、お前も政臣も鷹斗もそこに書いてあることを受け止められるほど成長したと判断したからだ。お前たちならきっと大丈夫だと、そう思った。それが理由だ」
輝幸は涼正を目を細めながら見つめると、「さてと」と口にしながら立ち上がった。
「用事も終ったし、帰らせてもらうな」
そう言った輝幸はソファに腰を下ろしたまま縫い留められたかのように動けないでいる涼正の側まで近付くと小さな子供にするように頭をポンポンと撫でる。
「時間は沢山あるんだ、ゆっくり考えるといい」
涼正が見上げると幼かったあの日のように、優しい笑みが頭上にあった。
「うん、……ありがとう」
涼正は手にした封筒を握り締めながら礼を言うと、「見送りはいらないからな」と後ろ手にヒラヒラと手を振り部屋を出ていく輝幸を見送った。
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