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第五章 4
「っ、うわっ!?」
反射的に身体を仰け反らせた涼正の鼻先を、ドアがかすめていった。あと数秒反応が遅かったら、まともに鼻をぶつけていただろう。
涼正は鼻先を手で押さえながら、ドアから覗く顔を見てポカンと口を開けた。
「……鷹斗……なの、か?」
「え、……父さん?」
目の前の顔も涼正がこの場にいるのを予想していなかったのか、涼正の顔を見て目を瞬かせている。
夢でもみているのだろうかと疑った涼正だったが、先程ドアが掠めた鼻先がヒリヒリと痛み夢ではないことを涼正に伝える。
いや、そもそも、どうして息子がこの場にいるのだろうか?
この時間帯は、まだ国内旅行の最中ではないのか?
そう疑問に思った涼正だったが、訝しげな鷹斗の視線に射竦められ、閉口した。
「何してるんだよ、ドアの前で。危うくぶつけるとこだったぜ……。あ、どこも怪我してねぇよな?」
気遣いつつも、平時より鋭い視線を向けてくる鷹斗に涼正は戸惑っていた。文句や小言くらいは覚悟していたが、身の竦むような視線を向けられる覚えはない。
「あ、あぁ。それより……ど、うして……」
視線から逃れるように顔を背けた涼正は、鷹斗の後ろに政臣の姿を見つけ更に驚いた。仕事最中の筈の政臣までこの場にいるとなると、いよいよただ事ではない。
「ん? あぁ……ちょっと、な。なぁ、兄貴」
涼正の言葉の意図が伝わらなかったらしい鷹斗が政臣を振り返った。
「ああ。少し用事が出来たんで早目に切り上げて帰ってきた」
鷹斗に同意を求められた政臣は淡々とこの場にいる理由を答えたのだが、その瞳はいつになく鋭く涼正の肌へと刺さる。
二対の鋭い瞳が、涼正の喉元に食らいつく機会を窺っているかのような緊張感。鋭い視線に晒され、涼正は自身がまるで肉食動物を前にした草食動物のような錯覚を覚えた。
「……用事? 仕事や大学関係か?」
貼り付く喉を無理矢理開いて出した声は、情けなくも震えていた。父親として威厳を保たなければと思わなくもなかったのだが、二人の鋭い視線の前では全てが無駄だった。
本能的な恐怖を感じた涼正の身体が後ろへと下がる。
じりじりと距離を詰める我が子から逃れたくて、涼正は一歩、また一歩と後退するのだが限界は早々に訪れた。
トン、とぶつかる感覚に足が止まる。涼正は、背中にひんやりと冷たい壁の感触を感じた。
何故、こんなふうに追い詰められなければならないのか?
パニック寸前の頭で考えている涼正を見下ろすように、鷹斗が口を開いた。
「いいや、どっちも違う」
二択以外の答えとなると、すぐに思い浮かばなかった涼正は目の前の鷹斗を見上げた。
近くにいる筈なのに、影に遮られ鷹斗の表情がよくわからない。そのことに、涼正が不安を覚えた時だった。
「なら、何――ッ!?」
唇に、熱いものが押し付けられる感触。ピントが合わないほどに近くにある鷹斗の整った顔立ちに涼正は驚愕し目を見開いた。
キスをされている。それも、実の息子に。
そう気が付いた瞬間、涼正はどうしようもない程の後悔に襲われた。
「や、め……っ、ふ……鷹斗ッ!!」
キスから逃れようと涼正は必死に両手で鷹斗の胸を押し返す。しかし、体格差で負けている涼正が勝てるわけもなく。容易く押さえ込まれ、壁に縫い留められてしまう。
間近に見る鷹斗の瞳に、涼正は暗い炎を見た。
――……これは、誰なんだ。本当に、俺の息子……なのか?
それほどまでに、信じ難かった。今まで築いてきた筈の信頼や絆を、今になって突き崩そうとする目の前の男が息子と重ならない。
涼正の頭は現実を受け止める事を拒否していた。
「やめろって、何で? 知らない男には身体を開いたのに、俺には駄目なのかよ?」
「ッ!?」
鷹斗の言葉に涼正は言葉を失った。
――……なんで、その事を…。
涼正の脳裏に数日前の光景が甦る。
あの時、あの場で確かに四條に犯されたのには間違いない。しかし、涼正はそれを誰にも話していない。いや、そもそも、あの場には涼正と四條しか存在していなかった筈だ。
それを何故、離れていた息子が知っているのだろうか?
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