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第五章 10

「悪いな、涼正。……恨んでもいいからさ」  ゆっくりと重なる鷹斗の唇を、心の何処かで拒みきれない自分がいた。 「んっ……、や……ぁ」  熱く、湿ったそれが触れた瞬間。涼正は、痺れを感じ鼻にかかったような甘ったるい声を溢した。  このまま、鷹斗の優しい言葉に流され、全て委ねてしまえられればどれ程楽だろう。 「あぁ、恨んでもらって構わない。そのかわり、離すことも出来ないがな」  政臣や鷹斗を恨むことが、心の何処かで流されたがっている涼正にとっての免罪符になる。  そうわかっていても、長年この身に染み付いている常識や、向けられる世間の目を考えると涼正は流されきれない。  体を捩り、鷹斗の啄むような軽いキスから顔を逸らすと、どうしようもない気持ちを言葉に乗せてぶつけた。 「こ、なの……っ、おかしいだろ!!」  自身が口にした言葉だが、その言葉は想像以上に深く、涼正の胸の奥に突き刺さった。  おかしいと思うのが普通であるはずなのに。一度胸の中に巣食った違和感が拭えない。 「そうだな。普通の人間からすると異常だろうな。でも、俺からするとたまたま好きになった奴が男で、父親だっただけだ」  政臣が流し込む囁きが涼正には毒のように甘く、苦く思えた。  口にしてはいけないとわかっているからこそ、惹かれてやまない。  自分はこうも破滅願望を持っていたのだろうか?  壊されまいと壁を作る己と、破滅への道へ踏み出したがっている己とが涼正の中でせめぎあっていた。  自分で自分の事がわからない涼正は、同じ様な言葉しか口にできないでいた。 「っ、……俺は、お前達の事は息子としか……」 「急に一人の男として見てくれと言っても難しいだろうから、徐々にでいい。息子としてではなく、一人の男。政臣として俺を見てくれ」  政臣の真剣な告白に、涼正の隠していた心の傷が疼きだす。  息子を息子として見られなくなってしまったら、父親としての自分はどうなってしまうのか。  息子達はまだ若い。それに対して涼正は四十過ぎの、冴えない中年男。今は二人とも涼正に執着しているが、何時までもそれが続くとは限らない。  そもそも、本気ではなく若気の至りなのかもしれない。  透子がそうであったように、二人に飽きられ何時かフラリと姿でも消されてしまったら。そう考えると、涼正には耐えきれなかった。 「っ……、鷹斗も…なの、か?」  そう尋ねる涼正の声が、震えた。 聞いておきながら、涼正は知るのが怖かった。 「ああ、そうだ。涼正からすると俺は息子なんだろうが、それだけじゃもう足りねぇんだ。アンタが欲しい、アンタ以外考えられないくらいに。アンタにしか欲情しねぇんだよ」  生々しい感情をぶつけられ、涼正は心が満たされていくのを感じていた。しかし、それを受け入れるわけにはいかない。涼正は、全てを振り切るように頭を振った。 「っ、……考え、直せ――……んっ」 「無理だ。もう、黙れよ……っ」  荒々しい鷹斗からのキスに吐息も何もかも奪われる。噛み付くようなそれは、キスなどと可愛らしい表現ですむようなものではない。 「んっ……っふ、ぁ」  下唇に歯を立てられ、痛みに呻いた隙に口内に舌を捩じ込まれる。頬の肉を内側から舌でこそげるように触れられ奇妙な感覚が涼正の背筋を這い上がった。  鷹斗は舌を擦りあわせ、濡れた音を響かせながら涼正の口内を隈無く味わい尽くしていく。  薄目を開いた先、高くすんなりとした鼻梁を辿ると息を呑むほど美しく、力強い鷹斗の瞳に視線がぶつかった。  キスの合間にふっ、と微笑まれる。 「……っ、ふ。可愛い、涼正……」  唾液で濡れ、光る鷹斗の唇が酷く淫猥だ。あの唇とキスをしていたのかと思うと、涼正はカッと体が熱を帯びるのを感じた。  鷹斗はよほど涼正とのキスを気に入ったのだろう。再び角度を変え、顔を近付けてくる。伏せられた睫毛にも、女性とは違う柔らかさの唇にも涼正の身体は期待してしまっていた。しかし、唇が重なりあう数ミリ手前という所で胸元から弾けた快感に涼正は身を悶えさせてしまった。 「っ、は……ぁ……っん!!」  噛み殺そうと唇を引き結んだ涼正だったが、一足遅かったようだ。甲高い、女のような喘ぎが室内に響いた。 「鷹斗ばかりはズルいな。こっちにも集中しろ」  そう言って政臣が鷹斗に対抗するように胸の突起を摘(つ)み、引っ張りあげた。  まだ固さを持っていないそこを二本の指の腹を使ってやわやわと揉みこまれると、むず痒いような微弱な痺れが腰に向かって走り抜ける。  ほんの数日前まではただの飾りでしかなかったそこで狂おしいほど感じるなんて、涼正は知りたくなどなかった。  それもこれも、四條という男のせいだ。  中途半端に開発されてしまった身体は刺激に餓え、政臣から与えられる快楽を貪欲に吸収していく。  指紋のざらつきすら感じられそうなほどに尖りきったそこを強弱をつけ、摘(つ)まれるだけで背が仰け反った。  もうそこを弄って欲しくなくて、涼正は子供のようにただ首を横に振る。 「も、……っ、やっ……」  しかし、政臣は涼正の訴えを聞くつもりはないらしい。 「ここ、いいだろう? 涼正は乳首でも感じるみたいだからな」  すっかり芯をもったそこを楽器を引くように爪弾かれる。  それだけで、涼正の唇からは甘ったるい声が溢れた。 「……ぅ、っあ……も、触る…なっ」 「悪いが、聞けないな。これだけいい色に染まってるんだ。触らないでいるほうが無理だ」  政臣に指摘され、涼正は恐る恐る視線を下げていった。  なだらかな胸に不似合いなほど赤く熟れた乳首が、目に痛い。  慎ましやかな色だったそれは、たった数日の内に四條と息子の手によって淫らな色に変えられてしまった。  涼正はこれ以上変わってしまうのはいやだった。 「……っ、ふ……ぅ」  嗚咽のような声が喉から洩れた。情けないとわかっていても、止められなかった。  政臣の手がとまり、宥めるように涼正の頭を撫でていったのだが涼正は自身のことに精一杯で気付かない。 「……涼せ――」  政臣が何か口にしようとする前に、焦れた鷹斗が涼正と政臣の間に割って入った。 「……兄貴ばっかりズルいぜ。ほら、涼正。こっち向けよ」  顔を両手で挟み込まれ、視界一杯に鷹斗の表情が映りこむ。  視線をそらそうにも、固定されているため出来ない涼正は鷹斗の瞳に不穏なものを感じとり息をつめた。 「な、に……っ」  涼正と政臣に見せ付けるように鷹斗は涼正の肌に唇を寄せ、吸い付いた。  しかし、それはすぐに離れ、代わりにぬるりとしたものが剥き出しの肌の上を滑っていく。  鷹斗の口許から赤い舌が覗いた。先ほどまで、涼正の口内を好き勝手に蹂躙していたあの厚い舌が肌の上を撫で回している。  唾液に濡れた部分が空気に触れ冷たく感じるのに、涼正の身体はそれとは反対にどんどん熱くなっていった。  鷹斗の舌は鷹斗の性格と同じ様に奔放で、執拗に涼正を責め立てる。  一所に落ち着いていないそれは、胸から腹へと徐々に下に下がってきているような気がした。 「……っ、ふ……」  臍のあたりをザラリと舐められ、擽ったさに身を捩った涼正だったが、次の瞬間ズボンのゴムの部分に手をかけられ涼正は青くなった。 「や、……それ、だけは……っ!!」  制止も虚しく、涼正のズボンが鷹斗の手によって下着ごと勢いよくずり下ろされた。  ブルリ、と芯を持ち始めた涼正の雄が外気に晒け出される。  屈辱的だった。  男の自分が、男の――しかも息子に押さえ付けられた上で好き勝手に体を扱われている。  それまで与えられる悦楽に流されかけていた頭が一気に冷えていくのを涼正は感じていた。 「もう、十分だろっ……。何がしたいんだよ、お前達はっ!! そんなに、父親をいたぶって……楽しいのか……っ!! もう、たくさんだっ……」  感情が胸の中で渦巻いて気持ちが悪い。  二人に対する怒りなのか、それとも自分自身に憤りを感じているのか涼正にすらわからなかった。  ただ悔しくて、苦しくて、気付けば感情をぶつけていた。

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