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第六章 9

 果てたばかりとあって身体が重かった涼正は、そのままシーツの上で身動き一つせず天井を見つめていた。頭が酷く痛んで、汗で湿った身体が気持ちが悪い。もしかしたら、昨日の風邪がぶり返してしまったのかもしれない。そうであるならば、尚更汗を拭き早く着替えなければならないはずなのに。動く気力が、全くないのだ。  ――また……俺は……。  頻りに上下を繰り返す涼正の胸中を満たしているのは、後悔だ。快楽に負け、流されてしまった自分の弱さに辟易する。 「……っ、なに難しい顔してんだよ」  それまで涼正の隣に寄り添い情事の余韻に浸っていた鷹斗が、涼正に覆い被さるようにして起き上がっていた。  途端に、涼正の視界に鷹斗しか映らなくなる。鋭い、真剣味を帯びた瞳が真っ正面から涼正を射竦めた。  これから涼正が口にしようとしている言葉は、きっと鷹斗を傷付ける。そう分かっているだけに、まるで心臓を鷲掴みにされたように胸が締め付けられた。  カラカラに渇いた喉が貼り付き、不快だ。涼正がゆっくり口を開くと、ヒュッ、と喉が鳴り掠れた弱々しい声が出た。 「……なぁ、鷹斗……満足したか? もう、こんなことは……止めよう。親子でこんなことするなんて……おかしい」  鷹斗に向けた筈の涼正の言葉は涼正自身の胸に鋭い棘となって突き刺さる。  そう。おかしいのだ。こんな、息子が父親の身体を欲し、貪るなど普通の事ではない。  鷹斗の傷付いた顔を見たくなかった涼正は鷹斗の腕の中で顔をうつ向かせた。すると、はぁ、と重たい溜め息が頭上で聞こえ、空気が震えた。 「……またそれかよ。アンタはアンアン喘いでる時は可愛いのに、正気になった途端に否定するんだな」  静かな口調とは裏腹に、ビリビリと伝わる怒気が鷹斗が怒っているという事実を如実に物語っている。  恐ろしくて、そして怒らせている原因が自身であることが悲しくて涼正は顔を伏せたまま身を縮こまらせた。いっそ、このまま消えてしまうことが出来たならばどんなにいいことだろうか。涼正は、何かがつっかえてしまったかのように重苦しい胸を押さえていた。  唐突に、鷹斗の指先が涼正の顎にかかり、クッと持ち上げられる。無理矢理上げさせられた涼正の視線が鷹斗のものと絡み合ったその瞬間、息を飲んだ。 「っ、……」  ドクリと胸が鳴る。ザワザワと身体中の血が皮膚の下でざわめいているのを、涼正は感じていた。  切れ長の薄い色素の鷹斗の瞳に、懇願するような。縋りつくような色が揺れている。 「なぁ、溺れちまえよ。全部俺等のせいにしていいから」  甘い悪魔のような囁きが涼正の頭の中にスルリと入り込み、掻き乱していった。全て、二人のせいにして堕ちていけたならばどんなに楽だろうか。この手で逞しく成長したその身体を掻き抱いて、自分のモノだとそう言えたならば、どんなに心が満たされることだろう。  けれども、そうしてはいけないのだ。涼正と鷹斗の間には親子という線引きが存在しているのだから。  涼正は、痛む心に敢えて気付かないフリをしながら、頭を横に振った。 「そんなの……無理だ……」  悲痛に塗れた声で告げると、みるみる内に鷹斗の表情が歪んだ。  次の瞬間。手首を骨が折れるのではと思うほどの力で握られ、そのままダンッ、とベッドへと押し付けられた。 「っ、う……」  何かが軋むような音が体内から響き、痛みに脂汗が浮かぶ。しかし、それよりも涼正を苛んだのは鷹斗の瞳だ。怒りと失望に彩られた瞳が、涼正を射抜く。 「あぁ、そうかよ。だったら、いつまでも一人でウジウジ悩んでろ!!」  そう吐き捨てると、鷹斗は拘束していた涼正の手首を乱暴に放し立ち上がり、背を向けたまま部屋を出ていった。  叩きつけるように閉められた扉が鷹斗の心を現しているようで、涼正の目尻に涙が滲む。  ――きっと、嫌われてしまった……。  絶望的な気持ちが涼正の心を重く、暗く塗り潰していく。こんな筈ではなかった。ただ、自分は元の関係に戻ることを望んでいただけなのに、どうしてこうも上手くいかないのだろうか。 「ッ、……ぅう……っく……」  涼正一人残された静かな室内に嗚咽が溢れた。先程まで鷹斗が居た涼正の隣にはまだ温もりが残っているが、それもすぐに冷たくなってしまうのだろう。  その日、涼正は疲れて眠るまで泣き続けていた。

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