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第四章 3
三日後。涼正はひまわり園の門前に立ち、左手にはめた腕時計の時間を気にしながらソワソワと落ち着きのない様子で辺りを見回していた。
辺りはとっくに日も暮れ、今日は昼間晴れていたこともあって涼正の頭上には少し欠けた白い月と星が輝いている。
四條との約束の時間は午後十時。今は、午後九時五十分を少し過ぎたあたりだった。
――……受け取ったら、さっさと帰ってもらおう。
結局、今日の午後あたりまで二人の息子への言い訳を考えていた涼正はここ数日睡眠が浅かったこともあって、仕事を終えた時にはいつも以上に疲弊していた。
一応、三日遅れで息子へ電話を入れ『友人と飲みに言ったときに、携帯が似ていたから友人が間違えて持っていってしまった』と嘘の理由を話し、謝った。
涼正の予想通り、仕事や旅行を切り上げ帰って来ようとしていた政臣と鷹斗をなんとか留まらせることには成功したが、その後耳にタコができるかと思うほどこってりと絞られたのは記憶に新しい。
――これじゃあ、どちらが父親なんだかわからないな。
二人の優しい息子の事を思い出していると、少し離れた場所に涼正は人影を見つけた。
背後のひまわり園は園長室を残し明かりが消えているが、月があるお陰で涼正は問題なく人影の正体を確認する事が出来た。
高い身長に、動く度に揺れる赤みがかった髪。間違いなく、あの男――四條翔だった。
四條も涼正に気付いたようで、右手を軽くあげる。
「すまないね。待たせたかな?」
いやにフレンドリーな四條の口調に涼正は顔を顰めた。険悪になった覚えはあれど、仲良くなった覚えはないのだが、それを口に出すほど涼正は馬鹿でもないし子供でもない。
「いえ、別に。それより、早く携帯を――」
「ちょっと待ってくれないかい? 急いで戻ってきたから、喉が渇いているんだ。よかったらお茶を飲ませてくれないかな?」
涼正が催促するように出した右手は、四條の声によって目的を果たすことなく下ろされる。
四條の申し出に「嫌だ」と唇が動きそうになったのだが、ここで断りケチだと思われるのはシャクだった涼正は渋々頭を縦に振った。
「……まぁ、それくらいなら構いませんが。飲んで渡したら帰って下さいよ?」
涼正が念には念をいれて四條に釘を刺すと、何故か大声で笑われてしまう。
「ははっ、流石にそこまで長居はしないさ」
「それならいいんですが……。こっちです」
何故笑われたのか理由が気になったが、口にしたが最後。四條にニヤニヤと笑われ、からかわれそうだったので涼正は腑に落ちないながらもそれを無視し園内へと戻った。
当然、四條が「あぁ、お邪魔させてもらうよ」と口にしながら涼正の後ろを付かず離れずの距離を保ったまま追う。
暗い園内を二人歩くのは違う意味で不気味だが、涼正は堪え園長室へと向かった。
園長室に四條を通した後。直ぐに隣の給湯室のような場所で二人分の緑茶を淹れた涼正は、四條に遅れる形で室内へと入った。
「どうぞ」
お盆の上から温かい緑茶を四條の目の前に置いて、涼正は応接用テーブルを挟んだ対面のソファに浅く腰掛ける。
目の前では「ありがとう。いただくよ」と四條がお茶に手を伸ばすところだった。
湯飲みに口をつけた四條の隆起した喉仏が上下に動く。シャープな顎に、そこから続く逞しい首は女性なら抱き着きたいと思わせる色気がある。しかし、涼正は男だ。羨ましいと思いこそすれ、抱き着きたいとは思わない。
四條が湯飲みをテーブルに戻したのを見計らって、涼正は本題を口にした。
「それで、俺の携帯は……」
「あぁ、ほら。返すよ。壊れてないか確認するといいよ」
四條の紺の縦縞ジャケットのポケットから出てきたのは、紛れもなく涼正の携帯だった。
四條の手によってテーブルの上に置かれたソレに涼正は手を伸ばし、掴んだ。手に馴染むそのフォルムを握りながらどうするか迷った挙げ句、涼正は小さな声で「……ありがとうございました」と呟いた。
「いや、元は私のせいだからね。気にしないでくれ」
構わないよ、と茶飲みを掴みながら四條は笑った。
――……いい人、なんだろうか?
涼正は目の前の四條を見てそう考えたが、無理矢理キスされたのを思い出しすぐに考えを打ち消す。無理矢理キスするような男がいい人であるわけがない。そう結論を出すと涼正は手の中の携帯を開き、データを確認し始めた。
携帯は返ってきたものの、肝心の中身が壊れていてはどうしようもない。
――……データは、壊れてないな。……それにしても、メールと着信履歴が……。
杞憂でよかった、と胸を撫で下ろす暇もなく、受信メール数と着信履歴の多さには涼正も苦笑いを浮かべるしかなかった。
――……帰ってきたら、もう一度謝ろう。
そう心の中で決め顔をあげた涼正は驚き、思わず身体を仰け反らせた。
「壊れてはいなかったかい?」
テーブルの上に身を乗り出すようにして、四條が涼正を見ていたのだ。
「っ!? え、ええ。データも無事みたいです」
「そうか、それはよかった」
そう言って微笑んだ四條から視線を逸らすと、涼正は自分の分の緑茶に手を伸ばし口をつけた。温かい液体が喉を潤しながら下へと移動して、爽やかな香りが後から口の中に広がり、涼正は口許を緩めた。
緑茶に限らず温かいものはいい。ささくれだったり、傷付いた心を癒し和ませてくれる。涼正はトロンとした表情で手の中の湯飲みを見詰めた。
心なしか視界がぼやけて見えるのは睡眠が足りてない上に疲れているせいだろうと考えていた涼正だったのだが、するりと湯飲みが手の中のから落ちた時に流石にこれは可笑しいと気が付いた。
――……しまっ、た……薬か、何かが……。
しかし、そう思った時には全てが遅く。ガシャン、と湯飲みが床に落ち割れる音を聞きながら涼正の意識は急速に闇の中へと落ちていった。
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