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時が満ちれば 4
赤い髪の女の部屋の部屋をノックすると、すぐに返答があった。
「どうぞ~」
見知らぬ異国に迷い込んだにしては明るい声だ。不思議な女だな。普通はもっと不安がるだろう。
「……ヨウだ。入っていいか」
「どうぞお若くてお美しい近衛隊長さん」
こんな明るい女と、どんな風に接したらいいか分からないので戸惑ってしまう。
「……支度は出来たか」
「もちろんよ、どう?」
着替えた姿を見つめ、俺は息をのんだ。この王国の白い長い衣に、彼女の赤い髪が映えている。俺の母を一瞬思い出した。俺が小さい頃、病で亡くなった母上もこんな感じだったのでは? 髪の色、こんなに赤くはないが赤茶色だった。色白の肌に優しく揺れていた巻き毛……まだ幼き俺が見上げた大好きだった光景が脳裏を掠めていった。記憶の彼方のおぼろげな母の姿……お会いしたい姿だ。
「どうしたの?大丈夫?」
「あっ……いやなんでもない」
「ふぅん……あなた疲れているのね。凄く」
「えっ」
誰にも見破られないように、どんなに躰が辛くても強がっていた俺なのに、そんな風にいとも容易く言うのはやめてくれ。何故そんなにも簡単に見破ってしまうのか。全く赤い髪の女はどこからやって来たのか……とにかく不思議な女だ。
「いいから、こちらへ来てくれ、これから王様の病気を内密に見て欲しいのだ」
「ふふっ照れちゃって、初心な隊長さんなのね。耳まで赤いわよ」
「……いい加減にしろ」
****
「王様起きていらっしゃいますか」
「んっ……ヨウ?どうしたの?」
「お医者様を内密に連れてきました」
「ジョウは?」
「後から参ります。まずはこの赤い髪の女性が診察しますので」
入って……と赤い髪の女に目配せする。流石に相手が王様だと分かって、緊張した面持ちで、おずおずと王様の寝所へ入って行くが、途端にまた明るい嬉しそうな声が上がる。
「あら~王様っていうからどんなお年寄りかと思ったら、こんなに可愛らしい方なのね!びっくりした!」
「おいっ歳はお若いが、我が王国の王様には変わらぬ。口を少し慎め!」
「あっそうね!えっと、どこがお悪いのですか」
王様は不安そうに俺のことを見つめてくるので、安心させるように笑顔で応える。
「王様大丈夫ですよ。この者はこの国の医官ではありませんが、『にほん』という国の医官だそうです」
「そうなのか。ヨウがそう言うのなら、本当に大丈夫なのだな?」
「はい、ご安心を」
王様がおずおずと足の腫れを見せると、赤い髪の女はそれまでの明るい感じから一転して、医官の真剣な眼差しへと変わっていった。明るいだけの女性ではなく、やはり本物の医官なのだな。
どうか王様の足を治療して欲しい。治して欲しい。
その真剣な横顔に、願わずにはいられない。
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