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「店長…ッ、あれ?あの…今何時?ですか?」 『今?今は14時前だけど…じゃなくて、声おかしいぞ。体調悪いんですか?』 14時?俺の出勤時間は9時30分なのに14時だって?しまった…遅刻どころの問題じゃない。いつの間にそんな時間になっていたんだ。 「すいません…朝電話するつもりで…俺…風邪ひいったっぽいっス…」 『え!?…あ〜、やっぱりそうなるよね…じゃあ今日はもうこのまま休んでいいから。熱は?』 やっぱりそうなる?店長の呟きを不思議に思いながら自分の額に手を当てたがどちらも同じくらい熱いのか、よく分からなかった。 「まだ計ってないです…そういえば家に体温計なかったかも…」 『え…じゃあ薬は?』 「あ……ない…でも大丈夫です。もう少し落ち着いたら病院、行くし」 『落ち着いたらって…君今一人暮らしだっけ?』 「そです。でもタクシー拾うから…うえ…すいません切ります…!」 再び吐き気が込み上げてきて止むを得ず携帯を切った。胃の中は空っぽだと分かっていたからとりあえず洗面台まで走る。鏡の中の俺は顔面蒼白で酷い顔をしていた。 なんて最悪な日。最低だ。こんな事ってある? 遅刻なんて、無断欠勤なんて、店長の店では初めての事。嫌われない為に、少しでも好かれようと気を付けてきたのに。昨日からツイてない。 しかもまさかのこのタイミングときた。無断欠勤なんて、昨日の事があって気まずくて休んだと思われたんじゃないだろうか。そんな子供じみた真似をしたなんて店長は呆れるに決まってる。 風邪を引いたという台詞まで嘘だと思われたら俺はどんな顔をして店長に会えばいいの。 しばらく考えてみたが、プラスに働く要素は何一つない。 「…ああ、もう!最っ悪だよ」 自棄になって思いっきり壁を殴った。つもりだったのに、腕には力が入らず殴った筈の腕に痛みはない。なのに何故か馬鹿みたいに涙が溢れて止まらなかった。 体にはぞくぞくと寒気が走って、とてつもなく寒い。どこに居ても寒い。散々だ。次に目が冷めたら全て夢だったなんてオチ、ないだろうか。 その場合どこからが夢になるんだろう。 いっそ店長に出会う前まで戻ればいい。 そうすれば変に期待することもなく今まで通り一生叶わない片想いだと思って生きていける。好きな相手が男もイケるのではと一喜一憂することもない。 最初から諦めがついているのと、希望が見えた後では落胆の度合いが違う。 ただ、それは店長との関係も無かったことになる。…それは少し寂しい。あんなに可愛い姿、俺だけのものになると思ってたのに。 「……だから、なんないって」 すぐに自分の考えが阿呆らしく思えて、思わず声に出して否定した。ならないのだ。俺だけのものになんて。 店長はこの先、俺との事はなかったことにして優しい女と付き合って結婚してしまうのだ。あっという間に。 店長は知らないだろうけど、あの店には店長に好意を寄せる客が少なからずいる。人当たりの良さと屈託無く笑う眩しいくらいの笑顔に、俺のところには警戒して来ないような純朴な女性が落ちて行く。あの人の魅力に気付けるなんて分かってるね、と感心はする。 でも俺はそれを一つ残らず、潰してきた。

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