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大正13年8月16日、くもり
昨日は途中で日記を止めてしまった
昨夜、零一様が来てくれたから
ドアをノックする音が聞こえ、ドアを開けた。
そこには零一様が立っていた。
急な来訪に僕は驚いて言葉がでなかった。
「ミツ」
待ち焦がれた声なのに、僕は何も答えられなかった。
「……顔が青白い、クマもできてる」
僕の顔を零一様は大きな手で撫で回した。
「僕、眠たいんです……」
僕は零一様の胸に顔を押し付けた。
零一様は何かを見つけたように、家の中に入り、机の上に広げた日記とペンの傍にあった茶色の小瓶を手に取った。
零一様は小瓶に張られた紙を読むと、何かを悟ったように僕を抱き締めた。
「眠れなかったの……?」
「あなたに会えなくなった4ヶ月、ずっと……」
「……死のうとなんてしてないよね?」
薬局の人に言われた、睡眠薬をたくさん飲むと死んでしまうという話を思い出した。
「私を置いて、死のうとなんて……考えていないね?」
僕は緩く頷いた。
本当に眠れなくて、飲んだだけなのだ。
「零……?泣いているの?」
零一様が泣いていた。
旦那様と奥様が亡くなられた時でさえ、泣かなかったのに。
僕は頬伝った涙を手で拭ってあげた。
「すまなかった……この関係がバレたら、君に会えないと思って……」
さっきまで靄がかかっていた頭が一気に晴れた。
僕は零一様を抱き締めた。
「手を、払いのけてごめんなさい」
零一様は僕を寝台に押し倒した。
激しく、しかし優しくて甘い口づけ。
浴衣を脱がせ、僕の体は貪られる。
4ヶ月の空白なんてなかったかのように、すんなりと零一様を受け入れることができた。
僕はその日穏やかな気持ちで眠れた
そして、芳子様のことを零一様に話した
「前のように頻繁には来れないが、月に一度は必ずミツのところへ行くよ」
「……芳子様も愛して差し上げてください」
「善処しよう」と零一様は答えてくれた。
「君が女だったらなと思ったことがあったよ。そしたら、子供を無理矢理にでも産ませるのにって」
「ひどい人」とくすくす僕は笑った。
「……もし、芳子との間に子供ができたら、君との子供だと思って育てたい。ひどいとなじられても構わない。でも、やっぱり君のことが好きだから」
できたらいいのにと思うが、身分というものがある
けれど、この身分というものがあったからこそ、僕らは出会えた
身分というものを僕は憎みきれない
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