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いらっしゃいませ平凡くん-4
来なきゃよかった、かも、しれない。
初めて訪れた大学の学園祭。
土曜日の夕暮れ、メインステージではライブの真っ最中、聞こえてくるのはノイズみたいに騒がしい演奏、お酒が入って盛り上がる年上の人達の歓声。
寒いのに人いきれで何だか熱くて。
端っこに立っていても押し寄せてくる熱気がちょっとだけ煙たい。
『由井君、学祭、遊びに来ない?』
おれを誘ってくれた三神さんは、今、隣にいない。
『三神くん、ちょっといい?』
知り合いらしい女の人に声をかけられて行っちゃった。
すぐ戻ってくるから、そう言われて端っこで待つこと十分以上。
勝手に帰るのも悪いし、とりあえず大学から出て近くのコンビニで待とうかとも思ったけど。
メールして伝えれば済む話なんだけど。
……すごく美人な人だったなぁ。
おれは気になって端っこから動き出すことができなかった。
ずらりと並ぶテントの屋台、行き来するのは大学生だけじゃなくて、色んなお客さんがいて、みんな誰かといっしょで。
おれだけひとりぼっち。
やっぱり帰ろうかな。
二期のAO入試で福祉の専門学校に合格して、この間の週末、生まれて初めてバイトをやって、慣れ親しんだ商店街の年末感謝祭で福引受付、単発六時間、生まれて初めて自分でお金を稼いで。
浮かれていたのかもしれない。
人が多いところ、苦手なのに、三神さんに誘われて舞い上がって、ついつい来てしまった。
何の話、してるんだろう。
普通の話だったらメールでも構わないのに。
やっぱり特別な話?
お腹の底がキュッと痛んで、マフラーに首をすぼめて俯いていたら酔っ払った人達が近くに来た、男女でべたべた、わーわーきゃーきゃー、お酒飲んでるから? それともいつもこうなのかな……。
え。
うわ、うわぁ、キス、してる。
もっとうるさくなった一団にただただ呆気にとられていたら、ぽんって、肩を叩かれた。
「由井君、待たせてごめんね」
あ、三神さんだ。
「っ、三神さん、あの人達」
「え? ……ああ、お酒入って浮かれてるんだね、行こう?」
え、それだけ?
こんな人がいっぱいいるところで、友達の前で、堂々とキスしちゃってるのに?
大学ってなんか怖いなぁ。
「違うよ、学生みんなそうじゃないし、さっき見たのはほんの一部に過ぎないから」
帰り道、三神さんはそう言って苦笑した。
さらさらな髪が冷たい風に靡いている。
細身の体に黒いコートが似合っていて。
表通りを彩るクリスマスのイルミネーションの下、いつもより綺麗に見える三神さん。
もっと遠くから見たいな。
だって近くだと恥ずかしくてあんまり見れない。
だから十二月のおれはいつもより俯きがちになって姿勢が悪くなる。
「クリスマス、雪が降るかもしれないって」
ホワイトクリスマス+三神さん、最強のセット過ぎて怖い……。
「今日来る?」
大分履き慣らしたスニーカーに縫いつけていた視線を思いきり解いて顔を上げれば、三神さんと目が合った。
「ウチにおいで、由井君」
三神さんのお誘い、断れるわけ、ない。
きっと「ここから落ちてみて?」って命令されても従っちゃうかもしれない……そんな怖い命令、三神さんがするわけないけど、さ。
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