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狐の恩返し/お侍様×狐/擬人化
湯治場へ向かうため旅支度で山道を歩いていたら白狐がぺたりと倒れていた。
偶然通りかかった侍の三之助 は元から動物好きということもあって、しゃがみ込み、様子を見てみた。
怪我はしていないようだ。
さて、では、寿命でくたばっただけだろうか?
「お、お侍様」
なんと、この狐、口を聞くのか。
「あたし、ちとお腹が減りまして、ひもじくって、飢え死にしそぉなンです」
「ふむ」
「よかったら、その、握り飯一つ、くれてやるわけにゃあいかないでしょうか」
「ふむ」
心優しき三之助、懐に入れていた握り飯を白狐に食べさせてやった。
「ああ、おいしい、おいしい」
白狐はぱくぱく握り飯をおいしそうに平らげた。
沢庵までぽりぽり齧り、二つ目の握り飯も一息に頬張って、ごくりと飲み込んだ。
「ああ、なんて優しいお方なンでしょう」
たくさんいろんな人間様が通りましたが、足を止めるどころか、蹴っ飛ばす輩もいたンです。
あたし、お侍様に惚れてしまいそうでございます。
「はは、狐の嫁入りは聞いたことはあるが、婿入りとはとんと聞いた覚えがない」
三之助はからから笑い、湯治場を目指して再び歩き始めた。
「ああ、さては、この先にあるお湯ンところへ?」
あたし、ご案内致します。
そう言うなり、どこから取り出したのか明かりの点った破れ提灯を掲げ、二足歩行となって意気揚々と山道を進む。
日が落ちかけていた時分、これは助かると、三之助は白狐の後を素直についていった。
「あら、あのお侍さん、狐に化かされてるんじゃない?」
上機嫌の白狐に道案内される三之助を見て、通りすがる者達はくすくす笑う。
ところがどっこい、白狐は三之助が目指していた湯治場へ宣言通り案内してくれた。
「ありがとう、狐殿」
動物にも礼儀を欠かさない三之助、残りの握り飯を白狐にくれてやり、笠をとって深々と礼をした。
手渡された握り飯の包みを大事そうに抱え、白狐は、湯煙漂う宿場へ去り行く三之助をじっと眺めていた……。
夜。
三之助はふと目を覚ました。
「お侍様……」
何事かと、枕元に置いていた刀をさっと掴み、声のする方を向く。
細く開かれた障子の狭間に誰かが立っている。
「何奴」
刀を抜こうとした三之助に、慌てたような声が飛んできた。
「お侍様、あたしですヨ、あたし」
「うむ?」
「握り飯をもらった白狐ですよぅ」
白狐……?
殺気のない、どこか抜けた声に、三之助はとりあえず刀を置くと行灯に火を入れた。
ぼんやりと座敷の中が明るくなり、輪郭だけわかっていたのが、その姿、はっきりと三之助の目に飛び込んできた。
「ほら、お耳も、尾っぽもございますでしょ」
豊かに波打つ長い銀髪からは確かに大きな狐の耳。
極端に短い浴衣の裾からはふさふさと大きな尻尾。
「あたし、白狐のビャクっていうンですヨ」
どこか軽薄で抜けた言葉遣いからは想像のつかない、切れ長で艶治な眼。
紅を引いたような唇が艶やかに笑う。
「あたし、夜伽のため、お邪魔したんですヨ」
「夜伽など、そんな、おれは大層な身分ではない」
そもそも、狐殿、男ではないか。
「野暮ったいこたぁ抜きにして、ビャクのこと、お好きなようにしていいですヨ?」
三之助の言葉を無視してビャクはするりと布団の中に潜り込んできた。
耳がぱたぱたと頬に当たる。
雪のように白い肌は夜目にも光り輝くようだ。
「ね、お侍様?」
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