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こっち向いてカシャッ-6

断られた。 逢坂に拒否られた。 昼、いっしょに食べるの、拒否られた……。 環は午後一の授業を上の空で過ごしていた。 今後の授業の説明が耳の外を駆け足で通り過ぎていく。 何ともふわふわした、定まらない、正に春に不安定に浮つく思考回路。 もしかしたら後から誰か来るのかもしれない、そう思って弘瀬や羽海野と共に昼食をとりながら逢坂のいる方に注意を向けていた。 予想に反して誰も来なかった。 逢坂は金髪生徒とずっと二人きりだった。 俺の勘違いだったのかな。 逢坂と親しくなれた、それは気のせいで、逢坂は無理をしていたのかな。 うわ、やばい、タイムが落ちたときよりクルな。 休み時間になっても席を立たずにぼんやりしていたら弘瀬と羽海野がやってきておしゃべりを始めた。 会話に加わらずに環は聞き流す。 自分では気づかずに逢坂にとって何か嫌なことをしてしまったのか、授業中から延々と考えを巡らせっぱなしだった。 「お腹へった、環、なんか持ってない?」 そもそもしょっちゅう話しかけられること自体、人見知りの逢坂にとっては苦痛だったんじゃ。 「あ、俺チョコ持ってる!」 休み時間は特に用もないのに毎回そばに行って「昨日何見た?」とか「昨日何食べた?」とか、どうでもいいことばかり聞いてた。 「はい! コンビニ限定のやつっ」 「あーん」 「えぇぇえっ、ひ、弘瀬君……っ」 朝だって逢坂が来たら即そばに行ったし、先に逢坂が教室にいたら即そばに行ってたし。 こうやって思い返してみれば、俺って、水泳の次は逢坂みたいだな。 ううん、逢坂の次が水泳、か? 「あ、おーさかだ」 チョコがどうとか「あーん」の下りは見事なまでに鼓膜の外を通過していたというのに弘瀬のその一言に環は大きく反応した。 「え、どこ? 逢坂どこ?」 「どこって。そこ」 空席に腰掛けた弘瀬が指差した先は教室後方の出入り口だった。 ドアの向こうから逢坂が綺麗に縦半分だけ顔を覗かせている。 用事があるのは明確だが別教室に入るのが億劫なのか、そこから動き出そうとしない。 代わりに環が動いた。 キョトンしている弘瀬と羽海野の隙間を飛び出して猫背な彼の元へ大股で駆け寄った。 「逢坂、どうしたの」 廊下に立っていた逢坂はちゃんと全開にした双眸で環を見て言った。 「昼休みはすまなかった、環」 あ。 どうしよう。 自己ベスト更新したときよりもなんか嬉しい。 「ううん、いーよ、気にしないで」 「うん」 「逢坂、新しいクラスどう?」 「別に」 「写真部、一年入った?」 「生憎ながら見学にすら来ない」 さっきまでのもやもやした気持ちはどこへやら、久し振りにちゃんとまともに逢坂と会話ができて環は一気にテンションが上がった。 「また部室遊びにいっていい?」 熱血体育会系というより冷静でおおらかな性格なためか、傍目にはハイテンションだとわかりづらい。 カーディガンにブレザーを羽織った逢坂ともっと話をしたかった、密かにハイテンションなセーター一枚の環であったが。 逢坂の背後から、おもむろに、にゅっと伸びた両腕。 「日比谷」 あの金髪男子生徒に背中から抱きつかれて逢坂は彼の名を呼んだ。 二年生男子において一番背が低い生徒である日比谷(ひびや)。 逢坂の新しいクラスメート。 逢坂よりも人見知りの激しいコミュ障レベルにある金髪君。 気づかなかった、逢坂の後ろにずっといたのか、このコ。 逢坂しか視界に入らなくて小さい同級生を見逃していた環の前で。 背伸びした日比谷は猫背男子に耳打ちした。 「ああ、そうだな、もう休み時間が終わるな」 「逢坂、そのコって」 「日比谷だ」 「日比谷くん」 こどもみたいに自分の背中にしがみついている日比谷の金髪頭を環より大きな手で逢坂は撫でた。 「昔、日比谷が大切にしていた友達に似ているそうだ」 「え? 日比谷の友達、に、誰が似てるの?」 「俺。死んだらしいが」 「……そうなんだ」 「いきなりいなくなったらしいんだが」 「え? いきなり?」 「ああ」 「それって事件になったよね?」 日比谷の頭を撫でていた逢坂は肩を竦めてみせた。 「犬や猫ならまだしもカラスだからな」 「え?」 「庭で放し飼いにしていたこともあるし、泣く泣く諦めたそうだ」 「……」 「ぶはッッ」 「えっ? 逢坂がなに、友達だったカラスに、に、似てるっ? ぶはぁっ」 逢坂から聞いた話をしてみれば弘瀬と羽海野は揃って吹き出した。 「シュール過ぎじゃ?」 「でも逢坂なら……ぶふっ……ありえなくないかも」 金髪男子の日比谷は友達だったカラスに似ているという逢坂にだけ教室で心を開いていた。 猫背ながらも身長175の逢坂を盾にして学校生活をやり過ごしていた。 翌日、食堂で。 「環、一緒に食べないか」 「え、でも」 「日比谷にはお前が無害だと言って聞かせた」 横に並んだ逢坂と日比谷の向かい側で環は食事をとることになった。 逢坂に誘われたことは嬉しい。 だけどこの日比谷ってコ、ことあるごとに逢坂にくっついて、耳打ちして、まだ声も聞いていない、そして一度も目が合ってない。 逢坂だって人見知りなのに日比谷くんは平気なんだ。 小さいから? 小動物みたいで愛着が湧いてくる? 逢坂、冷え症だから、抱きつかれたら意外とあったかくて放置してるとか? 俺も抱きついてみようかな。 でも、俺、小さくない。 筋肉あるし。 「……」 「ん? お茶のおかわりがほしい?」 「俺とってくるよ」 羨ましいな、日比谷くん。 俺も逢坂に頭撫でられたい。

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