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こっち向いてカシャッ-7

土曜日、朝九時から十二時まで学校施設の屋内プールで環はひたすら泳ぎ込みに励んだ。 クタクタでお腹ペコペコで弘瀬を含む部活仲間と共に下校しようとし、逆に登校してきた逢坂の姿を見つけると疲労も吹っ飛んで一目散に駆け寄った。 「今から部活?」 「うん」 「おーい、環ー、先行っとくぞー」 「わかったー。俺も部室行っていい?」 「うん」 久し振りに日比谷ナシの逢坂とご一緒できて環は内心ウキウキだった、が。 校舎に戻って写真部の暗室に向かっている途中、駆け足でやってきた水泳部の女子マネージャーに改まった様子で呼び止められた。 「タマちゃん、ちょっといい……?」 これは、もしかして。 「先に行ってる」と、逢坂が階段を足早に上っていく。 土曜日で人気のない校舎の片隅、伏し目がちに自分を待っている女子マネの元へ環は階段を下りて向かう……。 予想した通り彼女は小窓から日が差す階段の踊り場で告白してきた。 中学時代にも何回かあった。 その度に環は「泳ぎに集中したいから」と断ってきた。 「ごめん。好きな人いるから」 うん。 俺、逢坂のこと好きなんだ。 「逢坂、入るよ」 写真部専用の暗室にやってきた環は露光を気にして慎重に入室した。 壁で仕切られた二つのスペース、逢坂はプリント作業側にいた。 セーフライトの赤色に包まれた、停止液の酢酸がツンと匂う室内。 暖房がつけられていて暖かい……というより生温い。 スポーツバッグを隅っこに置いた環は引き伸ばし機にネガをセットしている彼の邪魔にならないよう、反対側の作業台に寄った。 この空間、久し振りだ。 すごく懐かしい。 学校なのに学校じゃないみたいでソワソワして。 暗いところで逢坂と二人きり。 露光を終えた逢坂が流しに置かれたトレイの一つに印画紙を浮かべた。 「タマちゃん、か」 「え?」 「タマちゃん」 「あ。極一部にはそう呼ばれてる、かも」 「環って」 「うん?」 「好きな人がいるんだな」 印画紙の露光した面を下にして竹ピンセットでゆっくり現像液を攪拌させながら逢坂は言う。 「すまない。上から聞いていた」 「……そっか」 「俺にも好きな人がいる」 え。 「うそ、ほんと? 逢坂って好きなコいるの?」 「いる」 「誰?」 現実から隔離されたような暗室では猫背が矯正されて冗舌になる逢坂は現像液に浸していた印画紙をぺらりと引っ繰り返した。 「俺の好きな人」 「……」 「今一番撮りたい相手。この先も。成長していく姿を一枚ずつフィルムにおさめていきたい、そう思ってる」 現像液を念入りに弾いてから停止液に移された一枚。 環が毎日鏡で目にする姿が日常風景の何気ない一瞬を背景にして切り取られていた。 「環とクラスが別々になって淋しかった」 「……うん、俺も、逢坂」 セーフライトの赤色に紛れて頬を紅潮させていた童貞の環。 中学時代に交際経験がある非童貞の逢坂は、そんな環に、さり気なくキスをした。 「コロに似てる」 月曜日の食堂にて。 初めて聞いた日比谷の第一声に環は目をパチクリさせた。 「髪の色。焦げたみたいな茶色で。コロの毛の色と似てる」 向かい側でパンを食べていた金髪男子のちっちゃい日比谷にまじまじと見つめられて天然茶髪の環は空中でレンゲを止めて固まってしまう。 日比谷の隣では逢坂が口元に片手を押し当てて珍しく笑いを噛み殺していた。 いやいやいや。 コロって多分犬だろ? カラスの方が絶対面白いの確実だからね、逢坂? カシャッ 「あ」 「ちゃんと撮れたかな」 逢坂に借りた一眼レフで逢坂を撮ってみた。 「勝手に撮るな」 「ごめん」 六月には春季大会選抜がある。 逢坂に撮り甲斐があるって思ってもらえるよう頑張ろうっと。 「逢坂のために頑張る、俺」 そう言うと逢坂に頭を撫でてもらい、尻尾と耳をぴょこっと生やしそうになるくらい嬉しがる環なのだった。

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