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こっち向いてカシャッ-9
期末テストが終了した。
「お昼どーする、弘瀬君っ?」
「羽海野が食べたいの、食べよ?」
「えーーーー」
羽海野や弘瀬のみならず、ここぞとばかりに浮き足立つ生徒達の中で通常安全運転の環。
掃除中、部活再開は来週以降のため市営の温水プールにでも行こうかと考えながら廊下の窓を拭いていた。
「あ、逢坂」
教室がフロア違いの逢坂がやってくると素直に目を輝かせた。
「テストどうだった?」
「わからん。赤点ではないと思う」
「ふぅん」
「環、今日は何かあるのか」
「え?」
「暗室で溜めてたフィルム現像する。お前も来るか」
「それって。日比谷くんもいっしょ?」
「日比谷、あいつは暗室が苦手なんだ、怖いって」
日比谷くん、いないんだ、そっか。
「お昼は?」
内心、怖がり日比谷には悪かったが胸を躍らせながら環が尋ねれば、生徒が行き来する廊下中央に背を向けて至近距離で窓と向かい合っていた逢坂は答えた。
「コンビニで買ってきて暗室で食べるか」
「どれにする、逢坂? 肉まん? カレーまん? ピザまん? 特製まん?」
「わからん、どれでもいい」
「おでんは?」
「おでんなんかいらない」
「え。おいしいのに。餅巾着とかやばいんだよ?」
「やばいのはいい、俺はパンでいい」
「寒がりなんだから、あったかいのにしなよ、そーだ、ホットコーヒーは? スープは? おかしはどーする?」
「遠足じゃないんだぞ、環」
やたら買い込んだお昼ごはんをぺろりと平らげた水泳部の環、気を付けていたにも関わらずホットコーヒーで舌を軽く火傷した逢坂。
「痛い、ヒリヒリする」
暖房をガンガンに効かせた暗室でマフラーを巻いて久し振りの現像作業にとりかかる。
赤いセーフライトにぼんやり浮かび上がる雑然とした室内。
静かだ。
古い暖房の振動音が静寂を撹拌している。
「これは山登りハイキングで撮ったやつだ。教頭先生が転んで他の先生達が笑うのを我慢してるのがよくわかる」
写真部は部員が少なく、暗室はほぼ逢坂の貸し切り状態となっていた。
部員の羽海野も今はキラキラ系イケメンとのお付き合いに夢中で全く顔を出していないらしい。
「ほら、高総体のもある、波打つプールと水飛沫と前進する環、あのとき会場に響き渡った歓声を思い出すな」
暗室では饒舌になる逢坂の台詞に環は照れ笑いを浮かべた。
猫背も矯正されて姿勢がよくなっている。
休み時間の教室では頬杖を突いて俯きがちで、クラスメートを寄せつけない雰囲気を発しているのが嘘みたいだ。
換気されずに空気は淀み、暖房をガンガン効かせているため、じっとり蒸し暑い。
「逢坂が撮った写真、どれか欲しいな」
隣で大人しく作業を眺めていた環は笑顔のまま続けた。
「前、くれるのかと思ったら、もらえなかったから」
「結構ナルシストなんだな、環」
「自分のじゃなくていいよ、何でもいい」
「何でも、か」
「うん。逢坂が撮ったやつなら何でも。景色でも人でも。欲しいな」
定着液バットに沈めていた印画紙数枚を水洗用バットに移し、逢坂は、すぐ隣に立つ環をおもむろに見た。
予感した環がぎゅっと目を瞑れば。
特に言葉もなしに顔を傾けてキスを一つ。
そう。
ちゃっかり恋人らしいコトはしていた二人。
ただ、それは軽いキスだけで、触れ合う程度のものだった。
今日のキスは違っていた。
「っ……ん……」
あ、舌が。
逢坂の舌、はいってきた。
こんなキス初めてだ。
童貞環の瞼にさらに力がこもった。
何気に非童貞である逢坂の舌先が口内をゆっくり訪れて、その微熱感に、暖房の熱気でぼんやりしていた頭が一段とフワフワした。
作業台となる水を流しっぱなしのシンク前で逢坂はキスしながら環の頭を撫でた。
こんなの熱い。
暖房、強すぎるよ、逢坂……。
「……はぁ……」
学校の片隅に位置する暗室で重なった吐息。
唾液が絡まって、クチュ、と音が鳴り、恥ずかしい環は眉根を寄せて逢坂の肩をぎゅっと掴んだ。
「痛いぞ、環……お前は俺より力あるんだから」
逢坂の方が背は高い、しかし体の厚みは環が勝っている。
「あ……ごめん……」
半開きの目に涙を滲ませて健気に謝ってきた環に逢坂の鼓動は急加速した。
「逢坂っ、も、いいっ……もうやめていい……っ」
蔑ろにされたベルト、全開のファスナー、ずり下ろされた下着。
昂ぶるペニスに絡みついた逢坂の利き手。
嫌々と首を左右に振る環。
「汚すから……っもういい……制服、汚れる……っ」
二人は向かい合っていた。
はち切れそうな環は絶頂寸前で、少しでも動いただけで今にも達してしまいそうで、でも逢坂の制服を汚してしまうのは申し訳なく、本能と理性の狭間で葛藤した末に懸命に続行を拒んだ。
涙ながらに寸でのところで、服を汚すからと中断を求めてきた環がそれはそれは堪らなくいとおしくて、胸を貫かれた逢坂は。
「え……っっっ」
その場に跪いて環をぱっくんした。
ぱっくんなんて予想もしていなかった環は、思いがけない口内抱擁にぶるりと仰け反って、そのまま……。
「汚れなかったからいいだろ」
「よ、よくない、しかも飲んじゃうなんて……お腹壊すよ、逢坂」
恥ずかしさが後を引いて、普段の自分並みに視線を合わせようとせず俯いてばかりいる環に逢坂は笑った。
「可愛いのな、環」
逢坂のバカ、反則ばっかり、こんなのずるいよ。
まっかっかになって益々俯いた環の頭をずっと撫で続ける逢坂なのだった。
end
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