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raspberryな恋人-4
翌日、時間にルーズな智弘は約束していた時刻から十五分遅刻してアパートにやってきた。
お互い食事は済ませていた。
上着を脱いだ智弘は定位置となった座椅子に遠慮なく座り、先日自分が買ってきたクッションを抱く。
藤耶は二人分のインスタントコーヒーを淹れてテーブルに置いた。
「今日ねぇ、派遣の女子から差し入れでドーナツもらっちゃってさ」
「はぁ」
「俺、甘いの苦手なんだよね~あっくん、好き?」
「普通です」
「ホント~? じゃあ食べてっ」
いやに丁寧にラッピングされた小さな箱をぽいっとテーブルに投げる。
「あとねぇ、昨日、マカロンもらったんだよね、同じ課の子から。これも食べてっ」
個別に包装された色とりどりのマカロンが三つ、テーブルにちらばる。
藤耶は抹茶色を一つとって食べた。
「どう? おいしい?」
「まぁまぁです」
「あっくん、マカロンもらうの、初めて?」
とてつもなく無意味と思えるやりとり。
とりあえず藤耶が頷くと智弘は笑った。
「やった~ファーストマカロン、ゲット~」
やっぱり意味がわからない。
この人、何考えてるんだろう。
「升野さん」
コーヒーが温くなるのを待っている、手持ち無沙汰にクッションにじゃれていた智弘を、藤耶は見据えた。
「にゃぁに?」
ふざける智弘。
そんな振舞を完全に素通りして、藤耶は、言った。
「昨日、奥さんと子供、見た」
智弘は目をぱちくりさせた。
目尻がちょっと下がった、さり気ない甘さをちらつかせる双眸がテーブルの向かい側でじっと自分を見据える藤耶を写し出す。
「あ~そうなんだ」と、悪びれるでもなく、気まずそうにするでもなく、智弘はあっけらかんと言った。
「俺の家族ズ可愛かったでしょ?」
この人、死んじゃえばいいのに。
この人が何を考えているのか、今、わかった。
遊びなんだ。
「どしたの?」
遊びで、別に、何とも思わないんだ。
俺が傷ついたって平気なんだ。
「あっくん~?」
「もう帰れば、升野さん」
「えぇぇえ~? 何で、どして? 来たばっかなのに。しかも、知ってた? 今日、実は金曜日なんだよ~?」
「……」
「明日、休みでゆっくりできるんだけどな~?」
「……帰れば」
藤耶の控え目な帰れコールに、智弘は、今度はあからさまにむすっとした。
テーブルにちらばっていたマカロンを藤耶の頭に向かってぽいっと投げつける。
……人からもらったものを投げたら罰が当たるよ、升野さん。
「ケチ」
そう言って、脱ぎ捨てていた上着を拾い、立ち上がる。
ビジネスバッグを手にとって玄関へ向かう前に、くるりと振り返り、もう一度。
「ケーチ!」
子供じみた振舞で舌を出し、藤耶にあっかんべーをした。
それを座って見上げていた藤耶は、久し振りに、思った。
むかつく。
そういえば誰かに対して「死んじゃえばいい」とか思うのも初めてだ。
升野さんと出会ったせいだ。
俺の悪感情ばかり沸騰させて。
ひどいよ、升野さん。
気がつけば藤耶は立ち上がっていた。
玄関で靴を履きかけていた智弘を捕まえ、壁に押しつけて。
落ちた上着やバッグを知らず知らず踏んづけて。
そのむかつく唇を塞いでいた。
「んんっ」
上下の唇を割って、油断していた舌を、刺激する。
噛みつくみたいに唇で唇を深く覆う。
「ん……っん」
自分より細い手首を壁にきつく縫い止めて。
呼吸すら許さないように、ひっきりなしに口腔を引っ掻き回す。
次から次に溢れる唾液をしつこく奏でて下顎へと氾濫させる。
突然の暴力的なキス。
智弘は、大して暴れるでもなく、むしろ腰を押しつけてきた。
それで藤耶は何となく我に返った。
顔を離すと唇の合間には唾液の糸。
悪感情が尾を引いて智弘の両手首を壁に縫い止めたままでいるので、拭うこともできずに、みっともなく滴っていった。
「何、これ」と、頬を火照らせた智弘が舌足らずな声で言う。
「レイプごっこ?」
「……そんなんじゃ」
「だって、痛いんですけど、手首?」
苛立たせるような敬語をわざとつかって挑発してきたかと思ったら。
智弘は急にあどけない表情となって藤耶に笑いかけてきた。
「でも、俺、あっくんにだったら何されてもいいから」
「……」
「何やっても和姦になっちゃうね、あはは」
智弘が話している途中で唾液の糸は途切れた。
ぬるりと、細い顎がさらに濡らされる。
「このまま、しよ、あっくん?」
もういいや。
遊びでもいい。
だって、俺、この人が好きなんだ。
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