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raspberryな恋人-オマケ1

◆バレンタインデーなおまけ◇ 「悩み相談?」 お世辞にも広いと言えないワンルームのベッドに男二人。 狭さを実感しつつも嫌気は差さない。 が、腹這いになってスマートフォンをいじっていた智弘のある一言に、ベッドの持ち主である藤耶は密かに眉根を寄せた。 「そ。ショートモのお悩み相談室~みたいな?」 「あの、相手って……」 「ん~何か受付の子だって。俺と同じ営業の事務がまず相談受けたみたいで、ちょっと俺にも第三者として話聞いてほしい、みたいな?」 「……はぁ」 「ぶっちゃけさ、かったるいけど。しゃーないよね。てなワケで、土曜、あっくんトコに三名様で予約しといてくれる?」 「……確認しときます」 ……何か嫌だな。 いや、とても嫌だ、うん。 でもまぁ仕方ないか……。 そして土曜日の夜。 「すみませ~ん」 騒がしい居酒屋の店内、忠犬並みに智弘の声を瞬時に聞きつけた藤耶は彼のいるテーブルへ向かう。 そこにはネクタイを緩めた智弘が。 向かい側には化粧直しバッチリ、ゆるふわパーマ、受付嬢とは思えない語尾の不確かさが目立つ女性が。 テーブルに着くのはその二人だけだった。 「ごめんねぇ、急に一人来れなくなって」 「いいえ、大丈夫です」 表向きは店員として藤耶は智弘にそう答えたが。 ……うそつき、三人って言ってたのに。 あれって、絶対、あれっぽいな。 升野さんに気があるっぽいな。 最初の飲み物注文でカルアミルク頼んで、生春巻きとか、彩りサラダとか、そういう可愛い品ばっかり頼んで小まめに取り分けてあげてるみたいだ。 厨房にて同期のバイトいわく「女子力見せつけますアピール?」だとか。 何だ、それ。 そもそもどうしてウチの店に来るかな、升野さんも。 ……いや、でも別の店で二人一緒にいられるのも嫌か。 「すみませ~ん」 あ、呼んでる、行かなきゃ。 ……俺ってこんなこと考える奴だったっけ。 一時間程、経過しただろうか。 二杯目の生ジョッキを智弘に運び、そのとろんとした双眸を視界の端で見送って、藤耶は忙しく動き回りながらも懸念する。 升野さん、酔っ払って、その場の流れで……なんて。 ノリの軽い人だから「イェーイ、行っちゃえ☆」みたいな感じで、ついつい。 受付嬢とこのまま……。 「あっくん、今日、いつにもまして無心で働いてない?」 同期のバイトに厨房入り口で言われて藤耶は首を左右に振った。 「全然、無心じゃない……」 「そぉ? でも頑張ってるあっくんに、はい、ご褒美!」 バイトの女の子はそう言ってチョコを一粒、藤耶に差し出してきた。 ああ、今日は、そうだったか……。 「ありがとう」 藤耶は礼を言って、とりあえずジーンズのポケットに紙包みのチョコを捻じ込んだ。 「ショートモさん、これからどうします?」 客が去ったばかりのテーブルを拭いていた藤耶ははっとした。 振り返ることはせず、食器を重ねながら、耳をそばだてる。 「ん~?」 「私、まだ終電まで時間あって」 うわ、来た。 懸念した通りの事態だ。 「よければなんですけど、二次会とか、どうかなぁって?」 「ん~」 どうしよう、どうしよう。 急にお腹痛くなってきた。 このままだと升野さん、きっと……。 「ん~ごめんけどさ~おれ? これから? 恋人と? 待ち合わせしてんだよ~ん、にゃはは」 バイトを終えた藤耶は従業員専用の裏口から外へ出た。 細い路地裏を通ってまだ人気の絶えない表へ向かおうとする。 「わ!!!!」 ゴミの入ったポリバケツの物陰から、いきなり大声と共に藤耶の前に飛び出してきた智弘。 明らかに隠れている姿が見え隠れしていたので、驚くわけもなく、むしろ反対に藤耶は心配した。 「……風邪引きますよ」 「ん~さっきまでコーヒー飲んであったまってたから、平気~お疲れなのだ、あっくん!」 智弘は足を止めた藤耶の背中をばしばし叩いた。 そして何を思ったのか藤耶の周囲をぐるぐる回り始めた。 どうもまだ酔っているらしい。 偶然通りがかった通行人にクスクス笑われた。 「匂うぞ~くんくん」 何をしているんですか、と尋ねるのも今更な感じがして藤耶は立ち止まったままでいる。 「ここだ!!」と、智弘は藤耶の腰に向かってアタックしてきた。 お尻の辺りをごそごそ弄られて藤耶はさすがに身を引く。 何故か勝ち誇ったような顔をした智弘の手には、一粒の、チョコ。 「あ」 「トイレに行くときにね~聞こえちゃったんだもんね~」 食べちゃうもんね。 そう言って、甘いものが苦手な智弘が一口で小さなチョコレートを頬張るのを藤耶は正面から眺めていた。 もぐもぐ頬張って、ごっくんと飲み込んだのを確認すると、智弘の手首を握って歩き出す。 ビルとビルの合間にできた暗がりへと引っ張っていく。 「え~怒ったの? やだよ~暗いとこ、お化けが出るよ~あっくんてば~やだ~、んっ」 一分も我慢できなかった。 ざらついた壁の狭間で藤耶は智弘にキスした。 心底冷たい暗がりに白い息を吐き散らしながら、ほろ酔い気分で上機嫌な熱い唇を、ケダモノみたいに貪った。 自分と同じ気持ちを抱いたであろう年上の男が及んだ、些細な復讐がいじらしくて、無性に欲情してしまって。 しばし獰猛な口づけに夢中になった……。 「……あっくん、エロい」 顔を離すと、薄汚れた壁に背中を寄りかからせて、より熱く濡れた唇で智弘は囁いた。 「ね、もっと。もっとして」 「……もう店じまいです」 続きを強請ってくる智弘を宥め、周囲からは酔っ払いの介抱と思われるような様子で、実際はいちゃつきながら路地裏を進んだ。 「じゃあ~続きは明日ねっおれっがんばるねっ」 頑張るのは俺の方なんですけど……ね。 ◆パラレル猫耳チャラリなおまけ-1◇ 阿久津藤耶はある日猫耳チャラリーマンを拾った。 「俺ね、升野智弘。呼び方はご主人様に任せるね。あ、でもでも、これだけは覚えといてね! 長時間一人ぼっちにしたら心細くて死んじゃうんだにゃ~」 それって兎じゃなかったっけ、と思いつつも藤耶は智弘を自宅アパートで飼うことにした。 格好はネクタイにスーツで黒い猫耳がぴょこんと髪の狭間から覗き、スラックスと上着の間からは同色の長い尻尾が。 こんな生き物、初めて見た。 きっと貴重な種に違いない。 もしかしたら天然記念物かもしれない。 藤耶は大事に大事に智弘の世話をした。 「晩御飯はお寿司がいいにゃ~」 そう言えば一緒に近所の回転寿司へ行った。 「ニュース苦手なんだよね~クイズもわっかんないよ~連ドラは初回と最終回だけ見ればよくない?」 そう言えばチャンネルを次々に変えてお気に入りになりそうな番組を探した。 「え~今日もバイトで遅いの? やだなぁ~怖いなぁ~、お化けに攫われちゃうよ~」 そう言えばバイト先の居酒屋にまで連れて行って厨房の隅で賄いを食べさせた。 我侭を一つ叶えてやれば智弘はその度に喜んだ。 飛び切りの笑顔で藤耶を癒してくれた。 彼の我侭はすべて叶えてあげたい。 だがしかし藤耶が渋る我侭が一つだけあった。 「ビールが飲みたいにゃ~」 ミルクの代わりに智弘はアルコールをほしがる。 藤耶が渋っていると駄々をこねて背中に爪を立ててくる。 「ビールほしいよぉ、ねぇねぇ、ビールってどう書くか知ってる? 麦の酒って書くんだよ! 俺、頭いいでしょ? だからご褒美にビールちょうだい!」 背中に頭を擦りつけながらおねだりされて藤耶はつい缶ビールを与えてしまう。 三十分後。 「うにゃ~ご主人様~チュウさせてよ~」 酔っ払った智弘にじゃれつかれ、藤耶は、懸命に彼を制止する。 「ケチ! ケーチ!」 散々悪口を叩かれても然り。 正直、酔った智弘は、それは可愛い。 ぶっちゃけキスしたくなる。 ラズベリー色に染まった頬の温もりを知りたくなる。 だけど智弘は貴重な生き物だ。 同類の伴侶を見つけ出して、つがいにし、絶やさないようにしなくちゃ……いけない、と思う、多分。 飼い主の俺が迂闊に手を出したらいけないんだ。 「あっくん、この間連れてきたあの猫耳クン、元気にしてるの?」 「元気だよ」 「名前、なんだっけ」 「升野さん」 「あんなの初めて見たよ、私」 「俺も」 「あ、マタタビあげたら喜ぶんじゃない?」 「……マタタビ」 バイト仲間とそんな会話をした翌日、藤耶は早速ペットショップでマタタビの粉を購入してみた。 柄にもなくワクワクしている。 升野さん、喜んでくれるかな。 だがしかし藤耶はマタタビ購入を即座に後悔する羽目になった。 「んなぁ~ごしゅじんさまぁぁ」 マタタビは効果抜群だった。 抜群過ぎた。 酒に酔ったときよりも、とろんとした目つきで、色っぽく瞳を潤ませて、ごろごろごろごろ藤耶に擦り寄ってきたかと思うと。 ぺろぺろぺろ 首筋や頬を一心不乱に舐めてきたのだ。 「ちょ、ちょっと、升野さん」 止めようと突き出した手にまで舌を伸ばしてくる。 一本一本、指にしゃぶりつき、甘噛みしてくる。 「こら、だめですって」 「やらぁ~なめなめするにゃ~」 「うわ」 押し倒された藤耶はシャツを捲り上げられてぎょっとした。 火照った体をスーツ越しに押しつけて、智弘は、胸やら腹やら脇腹を隈なく舐め始めた。 「ごろごろ、ごしゅじんさまぁ」 「あ、あ、ああっそんなところ、ば、ばっちぃですから……!」 「ばっちくにゃいもんね~」 とうとうご奉仕が下肢にまで及んで藤耶は絶句した。 ああ、だめだ、希少生物を穢すなんて、そんなの人類の失態になる、多分。 ここでなんとか踏み止まらなきゃ……。 葛藤する藤耶をひょいと智弘は覗き込んだ。 無理矢理引き剥がすのは憚られ、必死で健気に堪えようとしている藤耶を跨ぎ、自身のスーツに手をかける。 上着を脱いでネクタイをしゅるっと外し、何の躊躇もなく、ベルトまで蔑ろに。 濡れた舌で藤耶の下唇を舐め上げ、智弘は、凍りつく飼い主に上擦った声で囁いた。 「おれとこーびしてにゃ……?」 藤耶、ノックアウト。 自制の枷は弾け飛んで、無我夢中となって、気持ちいいほどの変わり身の早さで危ぶんでいたはずの失態を夜通し繰り返したのだった……。 大学から帰ってきた藤耶は自宅アパートのベランダに出ている智弘を通りから見つけた。 「ほらほら~喧嘩しないで、俺はみんなのショートモだよ」 細かく千切った食パンをばら撒いて雀を招いているようだ。 部屋に到着すると智弘は振り返って「おかえりにゃ~」と出迎えた。 肩や頭に雀が乗っかっている。 ぱたぱたと揺れる猫耳を興味深そうにつんつん突いている。 「くすぐったいけど気持ちいい~もっとしてにゃ~ふひひ」 どうしよう、俺、雀に嫉妬しそう。 「いってらっしゃ~い」 大学へ出かける藤耶を玄関で見送った猫耳チャラリーマンの智弘。 彼はいきなり駆け足で部屋の中を突っ切ったかと思うと、窓を開け、ベランダに飛び出した。 間もなくして路地に藤耶の姿が現れる。 智弘の行動を読んでいたのだろう、わざわざ立ち止まって振り返り、手を振ってきた。 「お土産は海老の天ぷらがいいにゃ~」 智弘も子供のように手をぶんぶん振り返して、もう一度、藤耶を見送った。 部屋に残された智弘。 とりあえず藤耶の温もりが残るベッドに潜り込むと、十二時まで、二度寝する。 「……お腹減ったにゃ~」 空腹で目覚めた彼はカップラーメンを食べながらお昼恒例のバラエティ番組を鑑賞する。 番組が終わり、お腹が満たされると、また訪れてきた眠気。 ベランダに出た智弘はそこにごろりと寝転がり、日溜まりの陽気を全身で満喫しつつ、また寝る。 三時頃、友達の雀が手摺りにまでやってきて囀ると、盛大な欠伸をして起き上がった。 「うわ、もうおやつの時間? やばい、寝過ぎちゃったよ、昨夜あっくんが寝かせてくんなかったからだ」 ご主人様と呼ぶのも面倒くさくなって、飼い主を「あっくん」と呼び始めた智弘のおやつは、牛乳と食パンだ。 ベランダに座り込むと友達の雀にも食パンを千切って分けてやる。 「あっくんって、ああ見えて実はむっつりすけべなんだよ? 合コンとかでは口数少めですかしてそうだけど、本命にはエロエロなんだよ? あ、本命って俺ね? ねぇねぇ、聞いてる?」 雀は智弘の頭にちょこんと飛び乗ると、ぱたぱた揺れる猫耳をつんつん突いてきた。 「ふひひ、それ、くすぐったいにゃ~」 しばし雀と戯れ、お別れすると、智弘は気持ちよさそうに背伸びをした。 「う~ん、お散歩でも行こうかにゃ~」 そのままベランダから華麗にジャンプして路地に着地……ではなく、玄関から出、合鍵でちゃんと戸締まりし、穏やかな風の吹く外へ。 近所の公園へ行ってみると学校帰りに遊んでいた子供たちが何人か寄ってきた。 「ショートモだ!」 「チョコレート、食べる?」 「いらなーい、俺、甘いの嫌いだもーん」 「じゃあガム食べる?」 「あ、がムはちょーだい、あーん」 スーツ姿に猫耳で尻尾が生えている智弘が物珍しくて、ベンチに座った智弘から子供たちはなかなか離れようとしない。 丁度、大学から戻ってきた藤耶が公園横を通りがかった。 「升野さん」 「あ、あっくんだ~愛しのショートモはここだよ~!」 「「「あ、むっつりすけべだ」」」 「……え?」 「あっほらっ帰ろ! じゃあね~帰ったら手洗いうがい、忘れちゃだめだぞ~!」 智弘は子供たちに手を振ってお別れすると、藤耶の腕を引っ張って公園を出た。 「……さっき、あの子達、何て言いました?」 「知らな~い、あ、昨日見たアニメとかで主人公が言ってた台詞じゃない?」 藤耶は肩を竦め、商店街で海老天を買って、アパートに帰宅した。 さて、すっかり日が暮れた。 海老天をあっためて、ご飯を炊いて、野菜炒めを作る藤耶。 その間、智弘は彼の足元でごろごろしていた。 「ふぎゃっ」 たまに尻尾を踏んづけられてびっくりしていたが。 「ねぇねぇ、今日、おビールは?」 「今日は節約の日です」 「ええええ~じゃあ、発泡酒でもいいよ?」 「升野さん、いい加減、お預けを覚えてください」 「俺、犬じゃないも~ん、ケチ! ケーチ!」 夕食が済み、後片付けをする藤耶。 その間、智弘は彼の背中にごろごろしていた。 「あっくんの膝枕がほしいにゃ~」 レポートを作成しようとノートパソコンを開きかけた藤耶に届いた猫撫で声。 藤耶は肩を竦め、テーブルから身をずらすと、智弘に膝を提供してやった。 横向きになった智弘は藤耶に膝枕してもらうと、またごろごろ、甘えてきた。 ぱたぱた揺れる猫耳を撫で、髪を梳いてやると、さもご満悦のように喉奥でごろごろごろごろ。 仕舞いには、また、寝た。 「……よく寝る生き物なんだな」 藤耶はそう言うが、もしかしたら野生の勘、というやつなのかもしれない。 時に夜通し飼い主に愛される智弘、寝られるときに寝ておこうと本能的に寝だめしているのかも、しれない。

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