109 / 611
あのコは一見攻め風あやかし-2
人とあやかしの境界線があやふやあべこべ誰そ彼刻。
擦れ違うものはまこと、人か? それともあやかし?
町へ薬を買いに出、険しい山道をヨイショヨイショと帰っていた凛吉は木々と風が奏でる宵闇囃子の狭間に荒々しい声を聞いた。
「彼奴はどこへ逃げた!?」
「あっちか!? そっちか!?」
思わず足を止めていた凛吉の前に山伏の姿をした男二人がものものしげに現れた。
びっくりした凛吉、とりあえず一礼。
「どうもこんばんは」
「どうもこんばんは! 貴殿、暴れ妖怪を見なかったか!?」
「どうもこんばんは! まっこと恐ろしい東西随一なる凶悪化け物、うむむ、あと少しで調伏できるところを逃してしまったのだ!!」
「いいえ、見ていませんよ」
「「では急いでいるので失礼します!!」」
礼儀正しい山伏二人はちゃんと礼をした後に回れ右、豪速駆け足で凛吉の前から瞬時に立ち去った。
しばし呆気にとられていた凛吉、ふぅっと息をつくと。
「びっくりしましたね、ねぇ?」
懐にいれていた、ついさっき拾ったばかりの黒猫にそっと話しかけた。
まぁその黒猫こそが東西随一なる凶悪化け物、暴れ妖怪の化け猫ナベシマだったわけで。
月のない闇夜、川辺に佇む簡素な平屋、主である凛吉が万年床で眠る最中に彼は黒猫から元の姿に。
「あのクソ山伏ども、この俺様を調伏しようたぁ、なんつぅクソ生意気な」
単物姿でお口の悪いナベシマ、のそりと起き上がって暴言を吐き出すものの、なかなかのダメージを食らっていた。
長い黒髪はぼっさぼさ、大きな黒猫耳には血が滲み、長い二股尻尾はぐったりしていて元気がない。
縦状の瞳孔である銀色の双眸は忌々しげに部屋の隅を睨みつけていたが、その視線が眠る凛吉に不意に鋭く向けられたかと思うと。
あいつを食って元気を取り戻すか。
目にも止まらぬ速さで一間の隅っこから眠る凛吉のすぐ真上に迫るなり長い長い爪を振り翳してーーーー
「げほっ」
ぴっきーーーん、と、ナベシマの動きが止まった。
すぐ真下で眠りの最中に苦しげに咳をした凛吉をまじまじと見下ろした。
「ごほごほっ」
凛吉を食べようとしていたくせに、気分がころころ変わる気紛れナベシマ、爪を引っ込めた手で凛吉の汗ばむ額をよしよし撫でてやった。
『だいじょうぶですか? ケガでもしました?』
寸でのところで山伏のつくった結界から逃げ出したはいいが、山道でへばっていた黒猫ばーじょんナベシマを、病気がちな物書き青年、凛吉は心配して拾ってくれたのだ。
「っち、しゃぁねぇなぁ」
疲れてっし、ちょっくらお前の世話になってやらぁ。
翌朝。
さて、児童文学物書きの凛吉宅で気ままにごろごろ、時にお手玉にじゃれついて遊んだり、万年筆を転がして遊んでいた黒猫ばーじょんナベシマだったが。
「凛吉さん、具合はどう?」
ご近所さんである、うら若い娘が朝餉を持って凛吉の元へやってきた。
寝床で原稿を認めていた凛吉は色素の薄い儚げな眼をそっと微笑で満たす。
「ええ、お咲さん、お薬がよく効いたみたいで大分楽になりました」
「あ! 凛吉さん、そんな、朝一番から!」
ナベシマ、びっくらこいた。
さも病弱そうな幸薄そうな凛吉、なんと、朝っぱらからお咲さんとしっぽりしっぽり。
なんだぁ、あいつぁ、夜通しげほげほしてたくせに。
とんだ好き者じゃねぇか。
「いやん、凛吉さん、そんな吸われたら主人にばれてしまうわぁ」
「ああ、そうでしたね、すみません、お滝さん」
「……はじめてなの、凛吉さん、やさしくしてね?」
「もちろんです、お雪ちゃん」
「凛吉さん、いちばん誰がお好き?」
「わたしに決まってるわよね?」
「あたしだもん!!」
「お梅ちゃんもお竹さんもお松さんも、みんな、いちばん好きですよ」
だぁあああああああああああああ!!!!!!
なんだこいつぁ、日がな一日、女とっかえひっかえ、しっぽり尽くしじゃねぇかぁぁぁああああ!!!!!!
これまで無数の別嬪生娘を頂いてきたナベシマでも凛吉の絶倫ぶりには舌を巻いた。
そのさも病弱そうな様からは想像のつかないお盛んぶりにたまげた。
正直、むらむら、むらむら。
「凛吉ぃ、お前ぇさん、とんだ好色漢じゃねぇか」
女たちが去り、日が傾き始めた夕刻、外から差し込む夕日をその身いっぱいに浴びて。
黒猫から本来の姿に戻ったナベシマを凛吉は呆然と見上げる。
「まさか、貴方は、山伏の方が言っていた妖怪ですか?」
「ああ、そうよ、暴れ妖怪ナベシマっつぅんだ」
「ナベシマさん、ですか」
さて執筆にとりかかろうとしていた凛吉の手元から原稿を奪い、ばらりと放り投げ、ナベシマはずいっと病弱外見絶倫物書きに迫る。
「この俺様をメス化させるたぁ、大した人間じゃねぇか、なぁ?」
ともだちにシェアしよう!