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いつか君をわがまま王子様-2

ざあざあ雨が降り出した。 学校から自宅アパートへ帰っていた邦治は田んぼの傍らで折り畳み傘を取り出し、ぱっと開く。 夕方六時を過ぎたばかりだが雨雲のためにどんよりした空。 雨に満遍なく濡れた緑が濃厚な新緑の薫りを放つ。 二階建てアパートの角部屋に住む邦治は実にオープンな階段を上り、通路を進み、我が家の前で鍵を取り出そうとした。 ふと感じた気配。 最近、よく背中や横顔に覚えた視線を、また浴びているような。 「?」 気のせいだろう、そう思いつつ振り返り、手すりの向こうに見えた人影に……ぎょっとした。 「十碧っ?」 傘も差さずに電信柱に寄り添うようにして十碧が立っていた。 どしゃ降りの雨を一身に浴びて。 荷物を放り出した邦治は傘だけ手にして四月の転校生の元へ……。 駄菓子屋へお菓子を買いに行く途中、偶然担任を見かけ、その後をついてきたという十碧。 2DKの教師宅に案内され、バスタオルを頭からかぶって、ずぶ濡れだった迷彩柄のブルゾンを脱いでカットソー一枚になっていた彼は。 「……せんせい……」 お茶を淹れる準備をしていた邦治の背中に抱きついてきた。 「えっ、十碧? どうした?」 安全のため一先ずコンロの火を止め、邦治が肩越しに窺えば、背中に顔を埋めた十碧はくぐもった声で呟いた。 「……せんせい、ありがと……です」 「えっ?」 「……あのとき……火傷したとき……です」 かつての母親から不満があっても表情や言葉に出すなと十碧は叩き込まれていた。 「……ぼく……このピアスも、すごくこわかった……だけど、ガマンした……です」 「十碧」 「雑誌のお仕事も……ガマンした……です」 クールな外見に反して舌足らずな甘え口調、初めて耳にする長台詞、その内容に邦治は何度も忙しげに瞬きした。 「だから……あのときもガマンしようとした、です……でも、せんせい、すぐに……助けてくれた」 もぞもぞ、十碧は邦治の背中にくっつけていた顔を起こし、まだ出会って間もない担任を見上げた。 「ありがと、です、せんせい」 こどもらしからぬ、すっかり端整に仕上がった顔立ちの十碧に真っ直ぐ見つめられて邦治は思わずどきっとした。 そんな胸のときめきを慌てて打ち消した田舎眼鏡教師、十碧の頭をタオル越しにわっしわっし撫でた。 「十碧はいい声してるね」 「……ぇ……」 「先生、もっと聞きたいな。教室でも、もっとみんなと話して、先生に聞かせてほしい」 邦治の言葉に透明感ある十碧の頬が色鮮やかな茜色に染まった……。

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